慶徳寺(中尾)
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2010年11月25日 内田泰永さん撮影

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2010年3月31日 内田泰永さん撮影

比較:2月28日(下)と3月31日(上)の写真
埼玉県道173号ときがわ熊谷線沿いの赤い屋根の住宅と慶徳寺の間の雑地に重機が入ってきれいに開墾中

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2010年2月8日 内田泰永さん撮影

A:慶徳寺(曹洞宗)
B:薬師堂
C:寺沼
参照:『城跡ほっつき歩き』さんの「岡部氏陣屋

慶徳寺(中尾)
宗派は曹洞宗通幻派、本尊は薬師如来像である。現在(1984)、住職は鷲峯茂俊氏が努めている。檀家は、中尾と伊古の一部とほかにある。
『新編武蔵風土記稿』には、この寺について次のように記されている。
慶徳寺 曹洞宗、上野国邑楽郡(おうらぐん)堀江村茂林寺ノ末、医王山ト号ス。開山中孚淳巽ハ天文十八年(1549)十二月五日寂ス。後当所地頭岡部太郎作中興シ元和二年(1616)六月四日卒す。本尊弥陀ヲ安ス。
『滑川村史 民俗編』(滑川村、1984年10月発行)382頁

薬師堂(中尾加田)
慶徳寺の薬師堂で、加田で堂の世話をしている。縁日は四月一一日である。戦前には、薬師講とか千人講といって、中尾や中尾以外の土地の世話人が帳面を作って参加者を募り、縁日には、中尾だけでなく、羽尾・伊古・唐子・松山・熊谷・男衾(おぶすま)などからも参詣に来る人があった。この日の昼には、寿司を作って食べた。また、この薬師堂は坂東寅薬師七十二番のうちの七十二番で、寅年にはトラヤクシという祭りを行う。中尾の前組と内郷は大きなオソナエをサンダワラにのせて供える。また、加田(がだ)と広瀬は大きな団子を六個ずつ串に刺し、それを藁のしんのまわりに六本ずつ巻きつけて木の台に立てたものを、二つ一対にして、計七二個の団子を供える。以前は提灯も立てた。
『滑川村史 民俗編』(滑川村、1984年10月発行)388頁〜389頁