22 めじろとり
 秋も深まり落葉樹の葉が色づき始める10月の下旬頃になると、山から里にめじろが下りてきてめじろの季節となります。
 私は、小さい頃、6つ違う叔父に連れられてよくめじろとりに行きました。
 朝、夜が明ける前に、めじろの入ったさしこ(竹籠)を持って、鳥もちをもって、めじろの通り道であると思われる山に急ぎます。
 予定した山に辿り着くと、とりもちを巻きつけるための棒(肌がすべすべしていて、もちを汚さないで取り外しの出来る30cmぐらいの素性の良い木の枝)を見つけて鳥もちを巻きつけて、めじろの来やすい木の枝にさしこを吊るして、鳥もちの棒をさしこの上に止まり木として挿します。
 夜が白々と明け始めると、眠りから覚めて活動を始めた野生のめじろと、さしこの中の囮のめじろとの鳴声の交信が始まり、やがてめじろの群れが現れます。あたりの様子を伺うような仕草をしながら、囮の入っているめじろのさしこに近づいてゆきます。
 そして、野生のめじろが、鳥もちが巻かれた棒に飛び移った瞬間、めじろはもち棒にくっついてくるりと回ってもちの棒に逆さに吊下ります。
 その瞬間を逃さずに、めじろに駆け寄って、めじろを捕らえて足についている鳥もちを綺麗に取り除き、囮の入っているさしこか捕獲用のさしこの中に入れます。
 でも、このことに気づかなかったりした時には、大変なことになる事があります。
 鳥もちを外して逃げてしまう分には、残念で済むことなのですが、めじろが鳥もちを外そうと暴れて体中に鳥もちを付けてしまうとたいへんです。鳥毛がべたべたと汚れてしまい、綺麗なめじろがだいなしになってしまいます。それよりも悲惨なのは、羽についた鳥もちがついてしまって飛べない状況で下に落ちてしまった場合には死にもつながります。
 私の叔父はめじろ捕りの名人でした。口笛でめじろの鳴声を真似るのが上手で、囮のめじろを鳴かせて野生のめじろを誘き寄せるのが得意でしたし、めじろを汚さないでもち棒から取り上げるのも上手でした。
 また、やまがら鳥も飼っていてやまがらとりもしました。
 そして私の得意分野は、めじろの入ったさしこを持ったり、もち棒を持ったり、叔父の言うことを良く聞く、めじろとりの梃子でした。
 叔父が大きくなってめじろとりを卒業したあと、私もめじろを何年か飼いました。
 でも、末っ子と長男の違いなのでしょうか。私のめじろとりは、さつま掘り、麦まきのときに、畑のそばの山の中に囮の入ったさしこを吊るしておいて、めじろの鳴声が聞こえてくると、仕事の手を休めて飛んで行って見張ることでした。
 めじろの餌は、叔父の場合は容器の中に入れて与える摺餌が中心で、よい声がするとかしないとか言っていたような記憶があります。
 私の場合は、サツマイモを蒸かしたり、小遣いでみかんを買ってきて、さしこのうえに乗せて与えました。
 そして、そんな餌がなくなり、農の仕事が忙しくなる春の頃には逃がしてやりました。
 しかし、お正月に年神様の注連縄に飾られたみかんを何時食べられるのだろうかと心待ちしていた想い出を持つと言うのに、小遣いを叩いてみかんを買って、自分で食べるのを我慢してまでめじろに与えた想い出を持つのも不思議です。
 それに、その頃は、物を買うというよりも自分でつくって使うと言うことが原則的な時代でしたから、ある面では当たり前のことでした。
 母の実家から竹を貰ってきて、めじろを入れるさしこ作りにも挑戦しました。竹を細く割ってひごそぎ器(小さな鉄板状のものに丸い小さな穴が開いているだけの単純なもの)で、さしこの棒を作ったり、きりで穴を開けたりして組み立て、買ってきたものとは違いがあるものの出来映えを喜んだものです。