1961年9月17日操業を開始した明星食品嵐山工場
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1963年(昭和38)頃撮影?

→「空から見た嵐山町226 明星食品嵐山工場 2010年6月

明星食品(HP)の「沿革

※ウィキペディア「明星食品」より引用
1949年 奥井清澄ら有志が準備会社「協和商会」を設立。
1950年3月28日 明星食品として創業。食糧庁委託の乾麺製造を開始。
1959年 即席麺の製造を開始。
1960年 「明星味付ラーメン」発売。
1961年 鎌倉・由比ヶ浜の海の家で「明星チャーシューメン」という名のカップ麺を試験販売する。インスタント袋麺が30円台だった当時、50円で売られた。アイスクリーム容器状の容量470cc程の紙製カップに麺と粉末スープと乾燥具が入っていたが、この試験販売で容器の耐油性に問題が有る事が判明。結局特許も実用新案権も取得せずに市販化を断念せざるを得なくなり、日清食品のカップヌードルに市販カップ麺の第一号商品の道を譲る事になる。
1962年 スープを粉末化して小袋包装する技術、いわゆる「スープ別添方式」を開発し「明星ラーメン」を商品化する。この技術を各社が模倣し、即席麺の標準型となり現在まで引き継がれている。それまでの即席麺は麺に味付けして油で揚げていたため日清食品のチキンラーメンと同じようなワンパターンの味しか出来なかったが、この技術により味のバリエーションを作ることが出来るようになり、ラーメンのみならず焼そば・和風麺が商品化され市場が急激に拡大した。
1963年 韓国の「三養食品」と合弁で韓国に即席麺の工場を開設(日本国外での即席麺工場開設の起源)
1966年 「明星チャルメラ」発売。同社を代表する基幹商品。
【中略】
2006年10月27日 当時、明星食品の筆頭株主(2006年3月末時点で23.1%保有)であったアメリカ合衆国の投資ファンドのスティール・パートナーズ・ジャパン・ストラテジック・ファンド(以下、スティール)が、明星食品に対する TOB を実施することを発表した。10月31日には明星食品の経営陣がスティールへの TOB の応募見送りを株主に要請、いわゆる敵対的TOB となった。これ以降、水面下で明星に国内の即席めん業界数社が資本提携を持ちかけ、いわゆる“白馬の騎士(ホワイトナイト)”となろうとする動きが活発化。
2006年11月15日 即席めん業界トップの日清食品が明星食品に対する友好的TOBを発表。明星食品もこれに賛同し、資本提携する方向で事態は一応の落ち着きを見せた。
2006年11月27日 スティールのTOBが期限を迎えたが、応募がなく不成立。その後、スティールは、日清食品の明星食品に対するTOBを支持すると発表した。(スティールは日清のTOBに賛同してTOBに応募)
2006年12月15日 日清食品が明星へのTOBが成功したと発表。筆頭株主となる。
2006年12月22日 明星が法的に日清の連結子会社となる。
2007年3月31日 株式交換により日清の完全子会社となる。【引用おわり】