埼玉縣武蔵國比企郡七郷村大字杉山字清明
 村社(そんしゃ) 八宮神社(やみやじんじゃ)

一祭神(さいしん)
    建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)*1
    大己貴命(おおなむちのみこと)*2
    稲田比賣命(いなだひめのみこと)*3
   *1:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。日本神話の神。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。
   *2:大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)・大汝神(おほなむぢのかみ)・大穴持命(おほあなもちのみこと)。大国主命(おおくにぬしのみこと)のこと。
   *3:奇稲田姫(くしいなだひめ)・櫛名田比売(くしなだひめ)。八岐大蛇(やまたのおろち)退治神話にみえる神。八岐大蛇にのみこまれようとするところを、素戔嗚尊(すさのおのみこと)にたすけられて結婚する。6世の孫に大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主神)がある。

一 由緒(ゆいしょ)
 往古(おうこ)*1勧請(かんじょう)*2四十五代聖武帝(しょうむてい)ノ御宇(おんう)*3(724-749)ト申(もうす)。其后(そのご)六十一代朱雀院(すざくいん)ノ御宇天慶(てんぎょう)二年(939)二月平将門(たいらのまさかど)関東ニ在(あり)リテ謀反(むほん)ヲ起シ朝意ニ叛キ*4、此時六孫王経基公(ろくそんのうつねもとこう)*5当村ノ旧城ニ御出陣在(あり)テ、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)・平貞盛(たいらのさだもり)ヲシテ當國ノ精兵(せいへい)ヲ募(つの)リ将門(まさかど)ヲ討ス。時陣中疫癘(えきれい)*6流行シ斃者(へいしゃ)不少(くくなからず)、依(よって)テ社頭(しゃとう)ニ於テ朝敵征討(ちょうてきせいとう)疫癘消除(えきれいしょうじょ)ノタメ御意、頗(すこぶる)ル有之(これあり)靈驗(れいけん)著(いちじるしく)ク、反賊(はんぞく)忽(たちま)チ伏誅(ふくちゅう)*8シ、疫(えき)頓(とみ)ニ愈(いえる)。依テ経基王再ニ當社(とうしゃ)ヲ修繕(しゅうぜん)シ四方四種ノ村落ニ祀テ八宮神社ト号シ、法施トシテ仁王會六万部御修行有、之今ニ六万塚・六万坂ト申所アリ、城跡モ僅(わずか)ニ存ス。此言詳(つまびらか)ナラスト雖(いえども)モ傳(つたえ)テ有之今ニ春秋両度祭典ヲ成シ、皇國安全ノ祠祝ヲ奉ス。依テ前摘(てき)*9ヲ記載(きさい)ス。
 明治四十一年(1908)三月三日上地林(あげちりん)四畝(せ)十三歩(ぶ)境内(けいだい)編入(へんにゅう)許可
   *1:おおむかし。
   *2:神仏の分身、分霊を他の地に移してまつること。
   *3:時代。
   *4:平安時代、勢力をました武士団の一つ平将門が939年、反乱を起し、常陸(現・茨城県)・下野(現・栃木県)・上野(現・群馬県)の国府を攻め落とし自ら新皇と称したが、翌年平貞盛、藤原秀郷らに討たれた平将門の乱。
   *5:源経基(みなもとのつねもと)(?-961)。平安時代中期の武将。父が清和天皇の第六皇子貞純親王であったので六孫王と号す。
   *6:悪性の流行病。疫病。
   *7:病死者。
   *8:罪人などが処罰にしたがうこと。
   *9:要点。

一 社殿 本殿
一 境内 二百三十七坪
一 氏子 五拾貮戸

                           『昭和三八年度文書 学事課 比企郡神社明細帳』

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2005年10月16日撮影

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2005年10月16日撮影

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2005年10月16日撮影
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鳥居の社額「八宮大明神」

2010年4月10日撮影の写真→「嵐山町の桜 八宮神社(杉山)

※八宮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1441頁

八宮神社(杉山)