千手院の俳額 1893年(明治26)
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→「寺院明細帳 曹洞宗 千手院 菅谷村(現・嵐山町)千手堂 ルビ・注

※評者の一人は可布庵(かふあん)二世の茂翠(もすい)と思われます。茂翠の本名は正木金作、明覚村番匠(現・ときがわ町)の人です。大講義、明倫講社熊谷支社長。晩年は郷里の明覚村番匠(ばんじょう)(現・ときがわ町)で水車業を営みました。没年は1902年(明治35)。内野勝裕編著『埼玉俳諧人名辞典』(さいたま出版会、2003年)による。