比企地方の丘陵地帯は概して水源に恵まれておらず渇水期には生活水にも苦労していました。
 私の集落でも例外ではありません。どこの家でも幾つもの井戸を掘って水源を確保してきました。私の家でも、旧母屋の裏の井戸、安藤貞良さんの畑の中にある井戸、それに蚕屋の裏の井戸、私が作ったハウスの中の井戸と4つの井戸を使用していました。
 と言っても、安藤貞良さんの畑の中にある井戸は、昭和40年(1965)に町営水道が引かれて飲料水が豊富になってからは我家では使用しなくなりました。また、蒟蒻屋も昭和46年に駒込のほうに引っ越してからは使わなくなりました。
 今のビニールハウスの北側、ゆずの木の西側あたりに私の子供の頃にはくるみの木がありましたが、父が言うには、その根元あたりにも井戸があったそうです。
 ですから、水源の豊富な井戸を掘り当てることは生活を安定させるものでもありましたので、水源探知機もない時代の水源の探し方は、色々なやり方が伝承されてきたのだと思います。
 私が親から教えられた井戸の水源の探し方は、満月の月夜の晩に、水つぼに水を入れて、その水面に月がきれいに写るところに水源があるといわれました。
 ですから私も、昭和46年に蚕屋の前の畑(今のビニールハウスの中の井戸)に井戸を掘った時は、洗面器に水を入れて畑の中をあっちこっちもって歩きました。そして、その中で一番月の映りの良かったのが今の井戸が掘ってあるところでした。
 そこで、井戸側を用意して、少しずつ井戸側を上に足すような感じで掘りました。そしたら、2尺巾の井戸側を7本入れて深さが4mを超えたときに、土壌が砂目に変わり水が噴出してきました。そこで掘るのをやめました。
 それから以後、ハウスの中で水を出しっぱなしにして井戸を空にしてしまったこと幾たび、しかし気がついて水道を止めておくと、たちまち水かさが増して使用できるようになります。