今では、洗濯機の中に洗濯物を放り込んでスイッチを入れると、昼寝をしていても脱水まではしてくれます。そんな時代だから、干さないで乾燥機の中に洗濯物を放り込んで洗たくは終わりという人もおります。中には乾燥までしてしまう洗濯機もあるそうです。
 まさに子供の頃のことを考えると夢ものがたりです。
 私の子供の頃の選択は手洗いでした。たらいの中に水を入れて、その中に横に波線の入っている洗濯板を入れて、その上に洗濯物を乗せて、その洗濯物に固い固形石鹼をなびり付けてごしごしと洗濯板にこすり付けて洗いました。
 汚れがひどい所は石鹸をつけなおしてごしごしと余計にこすって綺麗にしました。そして、大洗いした洗濯ものは良く絞って、汚れないようにバケツなどに積み上げておきました。
 そして、大洗が終るとたらいの中の水を汲み替えて洗濯物をすすぎます。石鹼の泡が消えて汚れ水が出なくなるまですすぎたいのですが、水が貴重なので前の堀に行ってすすいだり、小さな池である「たにあ」に行ってすすぎました。ですから渇水時期にはたいへんでした。
 今は、紙おむつも紙パンツもあって、赤ちゃんのお尻の世話も衛生的で簡単になりました。大小便の処理も、紙おむつや紙パンツで受け止めて、ぽいとゴミ袋に入れてゴミで出してしまえばいいのです。しかし2〜30年前までは、布おしめ(おむつ)でしたので洗って干しての布がきれるまでの再利用でしたのでたいへんでした。
 それでも、洗濯機が入ってからは、おしめの中のうんちは掻き落として別に捨て、洗濯機の中に放り込めば脱水までしてくれるので干せばいいだけになりました。
 そのまた昔の、私が育った頃までの母親はもっとたいへんでした。子沢山で赤ちゃんのおしめを全部洗わなくてはならないので本当に大変でした。
 それに寝たきりの老人を抱えて、老人のお尻の世話までもするようだともっとたいへんになりました。出てくるものも多いし、おしめも大きくなって、大きいのでおしめ替えもたいへんで洗濯の量も多くなりました。家では洗う水がないので、おしめを入れた駕籠を背負って川や沼へ洗濯に行っているとの話をよく聞いた者です。
 また、洗濯の干し板(巾40cm×長さ2.9m)があって、おばあさんなどは、染めた反物や解いた着物の布地などを洗って貼り付けて干していました。そんな情景もありました。
 それにしても、洗濯一つを考えてみただけでも、ここ数十年ほどで洗濯のやり方が大きく変わったものです。
 昔は、家族が全員で農作業も家のことも頑張らなくては維持できない生活がありました。
 しかし今は、子供の労働力を当てにしなくてもよいほどに、何処の家でも日常生活が機械化されて労働力を必要としない時代となりました。
 でも、それによって家族の絆の深まりが得られたのかは疑問です。