昭和30年代頃までは、あっちこっちの部落で素人演芸会が行なわれていたようです。
 私の子供の頃、古里でも古里青年団により行なわれていました。
 場所は、兵執神社の社務所前の庭で、東側に舞台小屋を組み立て、その舞台の前には莚が敷かれていて部落の人たちが座布団を持って集まりました。
 そして、舞台の上では青年団の人たちが幾晩も集まって練習したであろう歌や踊りや漫才などの趣向を凝らした出し物で観客を喜ばせてくれました。
 白い船員帽をかぶったマドロスさんの踊り、また旅物の歌と踊り、酒樽太鼓に合せて大勢で派手な着物にたすきをかけて踊る花笠踊りが昨日のように目に浮かびます。
 また、この頃の秋から春までの間に旅まわりの芸人一座がやってきて、尾根常会場の庭に舞台小屋を組み、股旅物の演劇と歌や踊りを中心とした興行をうちました。
 それに、尾根常会場の庭や隠居の畑(関根弘子さんの家の今の踊りの稽古場あたりにあった畑)で、星空の下での映画興行もあったので座布団をもって、寒い夜にはありったけの着物を着込んで見に行きました。
 テレビも無い、金も無い、これといった娯楽も無い時代だったので、素人演芸会も旅まわりの芸人一座の演劇も野外映画も本当に楽しみの一つだったのです。
 その頃は、今から数えてもそんなに前のことでもないのに、今では考えられないことが日常の生活でした。