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嵐山ふるさと塾・チーム嵐山

2010年09月

空から見た東松山市 81(更新) 高坂ニュータウン、田木、赤城堰 2010年9月

高坂ニュータウン、高坂サービスエリア
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2010年4月11日 内田泰永さん撮影

A:大東文化大学緑山キャンパス(旧・緑山小学校、1991年4月〜2006年3月)
B:ちごさわの森、C:山神社(旗立台)
D:高坂パーキングエリア(下り)
E:高坂パーキングエリア(上り)
F:正一位稲荷社、G:朝先稲荷社、H:赤城公会堂、I:妙安寺(日蓮宗)、J:小田原神社(田木)
K:関越自動車道・越辺川橋
L:赤城堰(越辺川)
   東松山市宮毛田土地改良区のかんがい用水(宮毛田用水)の取水堰。宮毛田とは、越辺川左岸の東松山市宮鼻(みやはな)、毛塚(けづか)、田木(たぎ)地区の略称
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※2010年9月25日 左岸下流から撮影





M:立野樋管 排水樋管
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N:樋の口橋(越辺川)
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※橋下は赤城堰から赤城樋管への取水路

O:赤城樋管 宮毛田用水の取水口  
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P:東和田排水樋管(越辺川)
Q:東和田運動公園(坂戸市東和田)
R:埼玉県道248号石坂高坂停車場線
S:九十九川
T:介護老人保健施設わかばの里(毛塚)

古い写真 平沢・昭和機器 2 1970年1月

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平沢団地(19700106)14web

平沢団地(19700106)08webword
A:昭和機器(嵐山町平沢)
B:嵐山女子高等学校(現・大妻嵐山高等学校)(菅谷)
C:国道254号(平沢)

古い写真 平沢・昭和機器 1 1970年1月

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平沢団地(19700106)12web

平沢団地(19700106)12webword
A:昭和機器(嵐山町平沢)

 

古い写真 平沢・竹内化学 3 1970年1月

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平沢団地(19700106)15webword

A:竹内化学(〜1979年)(嵐山町平沢)
B:東武東上線(志賀)
C:明星食品嵐山工場(1961年〜)(川島)
D:東昌寺(曹洞宗)(菅谷)

古い写真 平沢・竹内化学 2 1970年1月

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平沢団地(19700106)10webword
A:竹内化学(嵐山町平沢)
B:東武東上線(志賀)
C:明星食品嵐山工場(1961年〜)(川島)

古い写真 選挙啓発宣伝車 1962年

1962年7月参議院選挙web

 1962年(昭和37)7月1日に投票が行われた参議院議員選挙の投票を呼びかける菅谷村選挙管理委員会の選挙啓発街頭宣伝車です。この選挙の菅谷村(現・嵐山町)での各候補者の得票数は次の通りでした。

  地方区
上原正吉1932票、瀬谷英行971、大泉寛三431、北岡巌173、古末憲一116、更科要治23

  全国区
磯田正則385票、北条しゅん八367、横川正市184、小林武156、松村秀逸148、稲浦鹿蔵118、加藤シズヱ96、田中一96、丸茂重貞95、藤原あき93、山下春江82、鈴木強78、小酒井義男77、森八三一77、長谷川仁71、山崎斉68、大谷藤之助65、古谷?二64、岩間正男62、光村甚助62、古賀専52、源田実40、上田音市39、林塩38、森田また37、安田善一郎35、二宮文造33、占部秀男31、野溝勝30

     『菅谷村報道』136号 1982年(昭和37)8月5日

古い写真 谷川橋が完成する 1962年5月

谷川橋完成134号web


谷川橋起工式 1961年1月8日
遠山−小倉を結ぶ谷川橋の新設工事は、本村と玉川村共同事業として、計画が進められ、土木事務所吉松技師により、巾員四米、延長二十米、鉄筋コンクリートラーメン構造の近代的設計が出来上がったので、両村々長は、議会に諮ってその予算措置を講ずると共に請負業者と交渉を進め、十一月二十八日東松山関中組と工費二四〇万円で、契約締結を完了した。工期は来年三月二十五日。その起工式が、十二月八日午後二時から遠山側現場で挙行された。出席者は、両村助役、土木係、議長、土木委員長、請負者、土木事務所吉松技師、遠山、小倉区長等。
猶この橋の完成と共に玉川村小倉地内、本村遠山地内、小川町の下里地内の町村道改良工事も実地され、菅谷、玉川、小川町を結ぶ、中央幹線が出来上がって、関係地区民の増祉に寄与するところが大きい。経費は、菅谷、玉川各一一〇万負担、小川町四〇万寄附で実地
される。
『菅谷村報道』129号 1961年(昭和36)12月20日

谷川橋工事進捗
三月末、完了予定の谷川橋工事はセメント不足資材難でおくれていたが、去る四月二十七日、床板打ちを終って、基幹工事を略々完了した。
支柱型枠除去は、五月二十日頃、あと仕上げ工事で完成する見込み。竣工祝い等については、菅谷玉川両村で協議しているという。
『菅谷報道』133号 1972年(昭和37)5月15日

谷川橋完成 1962年5月
谷川橋完成
小川・菅谷・玉川 三町村の道路の焦点
        五月三十一日祝賀会
本村の遠山と、玉川村の小倉境界、槻川上に、村道の谷川橋が出来上り、五月三十一日、その竣工式が行われた。
この橋梁は、本村では昭和三十五年度から計画され、その後玉川村と共同施工することになった結果、その位置や、規模等も変更になり、最後は東松山土木事務所の設計により、鉄筋コンクリートラーメン構造、幅員四米、延長二十米のものとなった。請負は松山関中組で、その金額は二四〇万円である。
一平荘門前から大平山の山腹を、ゆるく西北に廻って槻川渓谷上を、遠山に進むと、左手に屹立する小倉城趾と、その懐に抱かれた小倉の清境が行人の目を惹き心を往昔に運ばせる。
山腹の道路が尽きて、車が急角度に左折して、山を下ると遠山の桃源郷に入る。ここは、前述の小倉城主遠山氏の菩提寺、遠山寺があり松山城の支城小倉城が陥落した天正十五年より三年前に歿した遠山光景の遺骸がここに葬られたと伝えられている。かくして、古く小倉遠山は等しく遠山氏の領土として一地区をなし、又、近くは、槻川の沿岸を辿って玉川村田黒、菅谷村鎌形から小倉、遠山を経て下里、下小川を過ぎる小川町に通ずる重要路線の一部であった。然し、この道路も、幅員狭くとくに、小倉遠山間に、橋梁がないため、最近の交通事情に即応することが出来ず、槻川を境にこの両地区は分断されて、夫々、菅谷玉川両村の辺境的地域として、生活の不自由を忍ばねばならなかった。
偲々小川町と玉川村が、数年前から、この古い路線の改良に着手し、本村も又、これに同調して、遠山地内村道の議が定まった。これ等の事情から、この町村道の復活と、関係地域開発のためその集点となったのが、谷川橋の建設であってここに玉川菅谷小川三町村の連繁が成って、永久橋の完成を見るに至ったのである。かくして、現在計画中の遠山及び、下里地内の町村道改良が終了すれば、この道路は、再び、小川菅谷玉川を結ぶ、大動脈となって関係地域の発展は期して挨つべきものがあるとされている。
式は午前十一時前に始り、玉川議長の開会、神事、玉川村長の経過報告、菅谷村長の式辞、感謝状の贈呈(土木事務所職員・関中組)、小川町長の祝辞の後、両村々長によってテープが切られ、遠山側から渡り始めが行はれた。閉会は菅谷議長、続いて、一平荘で直会の儀が行はれた。当日の参列者は菅谷・玉川村議、遠山・小倉区長、小川町長、議長、建設委員、小久保県議、土木事務所員、関中組等七十余名に上がった。
『菅谷報道』134号 1962年(昭和37)6月10日

古い写真 平沢・竹内化学 1 1968年12月

平沢・竹内化学
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1968年12月 西山光燐さん撮影

古い写真 平沢・平沢団地 2 1968年

平沢・平沢団地
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1968年 西山光燐さん撮影

写真中央:国道254号

古い写真 平沢・平沢団地 1 1968年12月

平沢・平沢団地
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1968年12月 西山光燐さん撮影

古い写真 千手堂・千手院入口 1968年12月

千手堂・千手院入口
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1968年12月 西山光燐さん撮影

古い写真 菅谷・石川豆腐店 1968年12月

菅谷・石川豆腐店
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1968年12月 西山光燐さん撮影

槻川散策回廊 2 2010年9月

嵐山町を流れる槻川の右岸(槻川橋〜都幾川に合流する二瀬)は埼玉県の水辺再生100プランで槻川散策回廊として整備されました。2010年9月26日、埼玉県主催「みどりと川の再生 埼玉フォーラム in 嵐山」が開かれます。

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古い写真 菅谷館跡・畠山重忠像 1972年5月

畠山重忠像(1929年4月造立)
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1972年5月 西山光燐さん撮影

本多静六と小柳通義が嵐山を訪れる 1928年

古い写真 川島・鬼鎮神社 1970年代前半?

鬼鎮神社の奉納額・絵馬
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1970年代前半? 西山光燐さん撮影

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