GO! GO! 嵐山 3

嵐山ふるさと塾・チーム嵐山

2012年05月

新編武蔵風土記稿 杉山村 ルビ・注

新編武蔵風土記稿は徳川幕府編纂の武蔵国(現在の東京都・埼玉県と神奈川県の一部)の地誌。ここでは、『昭和改修版』を底本とした。

   杉山村(すぎやまむら)(現・埼玉県比企郡嵐山町大字杉山)
 
 杉山村ハ郷庄領(ごうしょうりょう)ノ唱(とな)ヘヲ伝(つた)ヘズ。江戸ヨリノ行程(こうてい)前村(ぜんそん)ニ同ジ*1。「家数五十余(あまり)。東ハ広野(ひろの)・太郎丸(たろうまる)ノ二村ニ隣(とな)リ、南ハ志賀村(しかむら)ニテ、西ハ中爪村(なかつめむら)、北ハ越畑村(おっぱたむら)ニ界(さか)ヘリ。東西八町(はっちょう)*2許(ばか)リ南北十八町、水損(すいそん)*3ノ地ナレド用水(ようすい)*4便(べん)アシケレバ天水(てんすい)ヲモ仰(あお)ゲリ。御打入(おんうちいり)*5ノ後ハ森川金右衛門氏俊(もりかわきんえもんうじとし)ニ賜(たまわ)リ、今モ子孫(しそん)美濃守(みののかみ)知行(ちぎょう)*6セリ。検地*7ハ慶長二年(けいちょう)(1597)、時の地頭(じとう)*8森川金右衛門糺(ただ)セシト云フ。
   *1:中爪村と同じく、「江戸ヨリ拾六里」。
   *2:1町は約109メートル。
   *3:水害。
   *4:農業用水。
   *5:1590年(天正18)、徳川家康が江戸城に入城したこと。関東御入国。
   *6:領地を支配する。
   *7:土地の面積やその土地からの収穫量、生産高などを調査すること。
   *8:領主。

 高札場(こうさつば)*1 村ノ中程(なかほど)ニアリ。
   *1:禁令や法令を板書し、庶民に周知するよう掲示した場所。

 小名(こな) 堰口(せきくち) 川袋(かわぶくろ)

 市ノ川(いちのかわ) 村ノ南ヲ流ル、川幅(かわはば)三間(さんげん)*1
   *1:1間は約1.8メートル。

 八宮社(やみやしゃ) 村ノ鎮守(ちんじゅ)ナリ。相伝(あいつた)フ古(いにしえ)ハ八王子権現(はちおうじごんげん)*1ヲ勧請(かんじょう)*2セシ社(やしろ)ナリシガ、何(いずれ)ノ頃(ころ)ニヤ八宮明神(やみやみょうじん)ニ改号(かいごう)アリシト云フ。
   *1:近江国牛尾山(八王子山の山岳信仰と天台宗・山王神道が融合した神仏習合の神。日吉山王権現もしくは牛頭天王(ごずてんのう)の眷属(けんぞく)ある8人の王子を祀った。
   *2:神仏の分身・分霊(ぶんれい)を他の地に移して祭ること

 天神社(てんじんじゃ)*1
   *1:菅原道真(すがわらみちざね)の霊(れい)を祀った神社。

 稲荷社(いなりしゃ)*1 以上三社共ニ大蔵院持
   *1:五穀豊穣の神を祀る。

 積善寺(しゃくぜんじ) 天台宗*1、男衾郡(おぶすまぐん)塚田村普光寺(ふこうじ)ノ末(まつ)、福王山泉明院(せんみょういん)ト号(ごう)ス。開山(かいさん)祐源(ゆうげん)、天正元年(1573)二月十六日示寂ス(じじゃく)*2。本尊(ほんぞん)弥陀(みだ)*3ヲ安(あん)*4セリ。  
 鐘楼(しょうろう) 延享三年(えんきょう)(1746)十二月鋳造(ちゅうぞう)ノ鐘(かね)ヲカク。
   *1:平安時代に中国で学んだ最澄(さいちょう)が、帰国して比叡山に延暦寺をつくり、新しく開いた仏教の宗派。空海の開いた真言宗とともに平安仏教の中心になった。
   *2:高僧が死ぬこと。
   *3:阿弥陀如来。
   *4:安置する。

大蔵院(だいぞういん) 本山修験(ほんざんしゅげん)*1男衾郡(おぶすまぐん)板井村(いたいむら)長命寺(ちょうめいじ)配下(はいか)、開山ヲ光勝(こうしょう)ト云ヒ、寂年(じゃくねん)*2ハ失(しつ)セリ。中興開山(ちゅうこうかいざん)*3清尊(せいそん)、慶長二年(けいちょう)(1597)十一月五日示寂(じじゃく)ス。不動(ふどう)*4ヲ安(あん)ス。
   *1:京都の聖護院(しょうごいん)を本山とする本山派修験道のこと。修験道は日本固有の山岳信仰に根ざし、密教(みっきょう)の影響(えいきょう)を受けて形成された宗教の一派。
   *2:死亡した年。
   *3:寺を再興した僧侶。
   *4:不動明王。

薬師堂(やくしどう)*1 村持(むらもち)。
   *1:病気を治す薬師如来を祭る。

塁蹟(るいせき)*1 村ノ中程ニテ小高キ丘ノ上千五百坪(つぼ)許リノ地ヲ云フ。一説ニ往昔(おうせき)*2金子十郎家忠(かねこじゅうろういえただ)ノ居住ナリシトイヘドモ詳(つまびらか)ナラズ。又ノ伝ヘニ中古(ちゅうこ)上田氏ノ臣ニテ庄主水(しょうもんど)(或ハ杉山主水トモ)ト云フ者住(じゅう)セシ所トモ云(い)エリ。按(あん)ニ*3隣村越畑村(おっぱたむら)ニモ庄主水ガ居住ノ地アリ。是(これ)当国(とうこく)七党(しちとう)*4ノ内、児玉党(こだまとう)ノ庄権頭広高(しょうごんのかしらひろたか)・庄太郎家長(しょうたろういえなが)等が子孫ナドニヤ、又北条*5家人ニモ庄式部少輔(しょうしきぶしょうすけ)・庄新四郎(しょうしんしろう)ノ名見エタリ。若(もし)クハ是等(これら)ノ一族(いちぞく)ナラン。
   *1:砦(とりで)の跡。
   *2:昔。
   *3:考えるに。
   *4:平安時代末期から鎌倉・室町時代にかけて存在した武蔵国の同族的武士団の武蔵七党のこと。
   *5:小田原の後北条氏。

■八宮神社の棟札など■
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小川町いこいの里山展望台 2012年5月20日

小川町里山クラブYou−Youの小川町いこいの里山
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小川町角山(かくやま)字滝ノ沢町有林

第1展望台
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第2展望台
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第2展望台から見た堂平山・笠山・大霧山(比企三山)
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A:堂平山(876m)、B:笠山(837m)、C:大霧山(767m)
D:笹山、E:石尊山、F:官ノ倉山(344m)

槻川相生橋〜馬橋 2012年5月16日

相生橋〜馬橋(小川町)
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槻川の相生橋から下流を撮影

槻川相生橋〜栃本堰 2012年5月16日

相生橋〜栃本堰(小川町)
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槻川の相生橋から上流を撮影

市野川羽尾C地区新川左岸 2012年5月12日

市野川羽尾C地区新川左岸
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右:C地区新川出口
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C地区右岸から撮影

市野川羽尾C地区新川左岸 2012年5月12日

市野川羽尾C地区新川左岸
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奥:D地区新川出口

右:C地区新川出口
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C地区右岸から撮影

市野川羽尾D・C地区 2012年5月12日

D地区本川(蛇行河川)出口
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左:D地区新川(支川)出口

左:D地区新川出口、右:C地区新川入口
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手前:C地区本川(蛇行河川)入口

奥:D地区本川出口
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手前:C地区本川入口

市野川羽尾D地区 2012年5月12日

D地区本川(蛇行河川)出口
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C地区新川(支川)左岸から撮影

D地区新川(支川)出口部分
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C地区新川(支川)左岸から撮影

C地区本川(蛇行河川))入口
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C地区新川(支川)左岸から撮影

市野川羽尾B地区本川(蛇行河川) 2012年5月12日

高橋(たかはし)の上流部分
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瀬切れして途中からの湧水が左岸側を流れているのみ

高橋の橋脚部分(左岸上流側)
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高橋の橋脚部分(左岸下流側)
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高橋下流部分(左岸側)
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市野川羽尾B地区出口・A地区入口 2012年5月12日

左:A地区新川 奥:A地区本川(蛇行部)
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手前:B地区本川(蛇行部) 右:B地区新川

左:A地区新川 右:B地区新川
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手前:B地区本川 奥:A地区本川

逆方向上流を見ると
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B地区本川(蛇行部)出口はもはや水溜り!

市野川羽尾B地区入口・C地区出口 2012年5月11日

市野川羽尾B・C地区 5月11日8時頃
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B地区本川の湧水も減ってきました
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槻川下里堰の修覆工事 2012年5月10日

5月3日の増水で堰石が流され、瀬の様になった下里堰 5月9日
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ユンボ(パワーショベル)で堰の修覆作業開始 5月10日
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槻川(つきがわ)右岸から撮影

市野川羽尾D地区新川 2012年5月9日

市野川羽尾D地区新川入口方向
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入口は左岸が削られ、コンクリートはさらに落ちる
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比較:2012年4月29日のD地区新川入口
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C地区から撮影


D地区新川出口方向
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出口は右岸側(手前)が削られ拡がる
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ナナフシ
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2012年5月9日撮影

中止・都幾川・槻川アユ遡上作戦 5月10日

5月10日も中止
荒川流域再生プロジェクト

都幾川・槻川標識アユ放流活動
2012年0510放流チラシ
4月28日→5月10日に変更→5月10日も中止
都幾川・槻川における稚アユの標識放流作業は、
荒川・江戸川とも増水が引かず、
アユを捕獲する網を仕掛けられない状態が続き、
標識用のアユを確保できないため、中止になりました。

槻川(つきがわ)作業現場の下里堰(しもざとせき)
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右岸下流から撮影

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右岸上流から撮影

2003年4月から休校中の小川小学校下里分校
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写真は2012年4月17日撮影

久保堰 2012年4月30日

久保堰
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越辺川右岸から撮

越辺川久保堰上流
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越辺川久保堰下流
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埼玉県道30号飯能寄居線越生バイパスの越生大橋と下流の越辺川橋との間
毛呂川が右岸から越辺川に合流する地点に久保堰はある

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