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神社明細帳

神社明細帳 八宮神社 七郷村(現・嵐山町)広野 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡七郷村大字廣野字深谷(ふかやつ)
 村社(そんしゃ) 八宮神社(やみやじんじゃ)

一 祭神(さいしん)
    健速須佐之雄命(たけはやすさのおのみこと)*1
    大己貴命(おおあなむちのみこと)*2
    稲田姫命(いなだひめのみこと)*3
   *1:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。日本神話の神。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。
   *2:大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)・大汝神(おほなむぢのかみ)・大穴持命(おほあなもちのみこと)。大国主命(おおくにぬしのみこと)のこと。
   *3:奇稲田姫(くしいなだひめ)・櫛名田比売(くしなだひめ)。八岐大蛇(やまたのおろち)退治神話にみえる神。八岐大蛇にのみこまれようとするところを、素戔嗚尊(すさのおのみこと)にたすけられて結婚する。6世の孫に大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主神)がある。

一 由緒(ゆいしょ) 不詳(ふしょう)
 明治四十一年(1908)三月三日上地林八畝(せ)七歩(ぶ)境内(けいだい)編入(へんにゅう)許可(きょか)

一 社殿(しゃでん) 本(ほん)殿(ほんでん)

一 境内(けいだい) 四百七坪(つぼ)

一 氏子(うじこ) 五拾(じゅう)五戸(こ)

一 境内神社
 榛名(はるな)神社
  祭神 彦由伎命(ひこゆきのみこと)*1
     速須佐之雄命(はやすさのおのみこと)*2
     奇稲田姫命*3
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:彦湯支命。饒速日(にぎはやひの)命の孫。物部(もののべ)氏の祖といわれる。
   *2:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)
   *3:稲田姫命と同じ。

 琴平(ことひら)神社
  祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)*1
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:日本書紀では、大己貴命(おおなむちのみこと)と称される。古事記では、
大国主命いわれて、国づくりの神とされる。

 天祖(てんそ)神社
  祭神 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  由緒 不詳
  社殿 本殿

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2005年10月16日撮影
P1000324
2005年10月16日撮影
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鳥居の社額は「八宮大神社」

※八宮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1443頁
八宮神社(広野)

神社明細帳 大蔵神社 大蔵村(現・嵐山町) ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村大字大蔵字御所ヶ谷戸
村社 大蔵神社(おおくらじんじゃ)
昭和二一・一○・一五 法人登録済

一 祭神(さいじん)
大山咋命(おおやまくいのみこと)*1
伊弉諾命(いざなぎのみこと)*2
伊弉冉命(いざなみのみこと)*3
大日渚ク貴命(おおひるめむちのみこと)*4
譽田別命(ほむだわけのみこと)*5
*1:山の神・農業の神。
*2:日本神話に登場する男神。天地開闢において伊弉冉(いざなみ)とともに生まれた。本州・四国・九州等の島々、石・木・海・水・風・山・野・火など森羅万象の神をもうけた。天照大神の父神。
*3:日本神話に登場する女神。伊弉諾命(いざなぎのみこと)の妻。
*4:天照大神の別名。「大日渚ク貴命」と表示されている時は「渚ク」が文字化けしています。
*5:皇統では、第14代仲哀天皇と第16代仁徳天皇の間の第15代応神天皇(在位、西暦270年〜310年)であるが、4世紀末から5世紀初頭の頃在位したとみられる大王。記紀(古事記・日本書紀)では、治世中に多数の渡来人が来て漢字や儒教、養蚕など大陸の文物・技術を伝えた。騎馬民族説では、朝鮮から渡来した征服王朝ともいう。

一 由緒(ゆいしょ) 創立年月不詳。明治四年(1871)中村社届濟
明治四十二年(1909)二月九日境内社三峰社大神宮社八幡社ヲ本社ニ合祀シ鎮座地字宮ノ裡ヨリ当所*1ニ移転シ社号日吉神社ヲ大蔵神社ト改称ス。
大正十年(1921)四月三十日神饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ)*2ト指定セラル
*1:御所ヶ谷戸。
*2:国家神道の時期に、郷社、村社を対象に勅令に基づき、県令により、県知事から、祈年祭、新嘗祭、例祭に神饌幣帛料(供物料)を供進(きょうしん、ぐしん)された神社。

一 社殿 本殿
一 境内 六百五十五坪  昭和廿三年四月二十日 六五七坪
決 昭和二十四年十月十八日 六五六坪三合七勺
一 氏子 八拾四戸
一 境内神社
八坂神社
祭神 健速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)*1
大雷命(おおいかづちのみこと)*2
建御名方命(たけみなかたのみこと)*3
*1:天照大神の弟。
*2:雷神。
*3:日本神話に登場する神。建御雷命(たけみかづちのみこと)、経津主神(ふつぬしのみこと)と共に日本三大軍神の一柱に数えられている。

由緒 明治四十二年(1909)二月九日大字大蔵字宮ノ裡 日吉神社境内社八坂神社雷電社諏訪社ノ三社ヲ合祀シ本社ト共ニ境内神社トシテ当所ニ移轉ノ上社号ヲ八坂神社トセリ

社殿

稲荷神社 祭神  倉稲魂命(うがのみたまのみこと)*1
*1:五穀豊穣(ごこくほうじょう)の神。

菅原道真公(すがわらみちざねこう)*1
*1:学問の神、学業成就の神。

豊受姫命(とようけひめのみこと)*1
*1:衣食住を司る女神。

火産靈命(ほむすびのみこと)*1
*1:火の神。火除けの神。

由緒 明治四十二年(1909)二月九日大字大蔵字御所ヶ谷戸無格社稲荷神社ヘ字大束無格社菅原神社及字宮ノ裡日吉神社境内社木ノ宮社愛宕社菅原社ノ四社ヲ合祀シ大蔵神社ノ境内神社稲荷神社トセリ

社殿

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2003年5月14日 小川京一郎さん撮影
※大蔵神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1409頁)
大蔵神社

神社明細帳 村社 兵執神社 古里村(現・嵐山町)

埼玉縣武蔵國比企郡七郷村大字古里字中内出
村社(そんしゃ) 昭和二一、一○、一五 法人登記済
                    兵執神社(へとりじんじゃ)
一 祭神(さいじん)
   武甕槌命(たけみかづちのみこと)*1
     *1:武勇の神。

一 由緒(ゆいしょ) 不詳(ふしょう)
   明治四年(1871)中、村社届濟(とどけずみ)。
   明治二十二年(1889)七月六日社殿改築許可
   明治三十六年(1903)四月二十日上地林(あげちりん)壱反五畝壱歩境内編入許可。
   大正五年(1916)四月十三日神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)*1供進神社ト指定。
     *1:神への供物料。

一 社殿 本殿
一 境内 七百八坪(つぼ
     「決 昭和二十四年八月三十日 七二二坪六合」
一 氏子 八拾四戸
一 境内神社
   天神社(てんじんしゃ)
     祭神(さいじん)
       菅原道真公(すがわらのみちざねこう)*1
     *1:学問の神として崇拝された。

     由緒(ゆいしょ) 不詳(ふしょう)
     社殿 本殿

   愛宕神社(あたごじんじゃ)
     祭神
       火産靈命(ほむすびのみこと)*1
       素盞嗚尊(すさのおのみこと)*2*
       拷幡千々姫命(はたちじみのひめのみこと)*3
       倉稲魂命(うかみたまのみこと)*4
     *1:火難除けの神。
     *2:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。
     *3:紡織の神。
     *4:五穀をつかさどる神。

     由緒 明治四十年(1907)六月六日字尾根無格社愛宕神社、境内社八坂神社、字上耕地無格社小女郎神社、字清水無格社稲荷神社ノ四社ヲ境内神社トシテ移轉合祀ス。
     社殿 本殿
   八幡神社
     祭神 品陀別命(ほんだわけのみこと)*1
        大山咋命(おおやまくいのみこと)*2
        大山祇命(おおやまつみのみこと)*3
     *1:応神天皇。
     *2:山の神。
     *3:山の神の総元締め。

     由緒 明治四十年(1907)六月六日、字馬内無格社八幡神社、字藤塚無格社日枝神社、字蟹沢無格社山神社ノ三社ヲ境内神社トシテ移轉合祀ス。
     社殿 本殿

     埼玉県立文書館所蔵『比企郡神社明細帳』

※社殿内の奉納額など
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※兵執神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1435頁
兵執神社

神社明細帳 八宮神社 七郷村(現・嵐山町)杉山 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡七郷村大字杉山字清明
 村社(そんしゃ) 八宮神社(やみやじんじゃ)

一祭神(さいしん)
    建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)*1
    大己貴命(おおなむちのみこと)*2
    稲田比賣命(いなだひめのみこと)*3
   *1:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。日本神話の神。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。
   *2:大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)・大汝神(おほなむぢのかみ)・大穴持命(おほあなもちのみこと)。大国主命(おおくにぬしのみこと)のこと。
   *3:奇稲田姫(くしいなだひめ)・櫛名田比売(くしなだひめ)。八岐大蛇(やまたのおろち)退治神話にみえる神。八岐大蛇にのみこまれようとするところを、素戔嗚尊(すさのおのみこと)にたすけられて結婚する。6世の孫に大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主神)がある。

一 由緒(ゆいしょ)
 往古(おうこ)*1勧請(かんじょう)*2四十五代聖武帝(しょうむてい)ノ御宇(おんう)*3(724-749)ト申(もうす)。其后(そのご)六十一代朱雀院(すざくいん)ノ御宇天慶(てんぎょう)二年(939)二月平将門(たいらのまさかど)関東ニ在(あり)リテ謀反(むほん)ヲ起シ朝意ニ叛キ*4、此時六孫王経基公(ろくそんのうつねもとこう)*5当村ノ旧城ニ御出陣在(あり)テ、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)・平貞盛(たいらのさだもり)ヲシテ當國ノ精兵(せいへい)ヲ募(つの)リ将門(まさかど)ヲ討ス。時陣中疫癘(えきれい)*6流行シ斃者(へいしゃ)不少(くくなからず)、依(よって)テ社頭(しゃとう)ニ於テ朝敵征討(ちょうてきせいとう)疫癘消除(えきれいしょうじょ)ノタメ御意、頗(すこぶる)ル有之(これあり)靈驗(れいけん)著(いちじるしく)ク、反賊(はんぞく)忽(たちま)チ伏誅(ふくちゅう)*8シ、疫(えき)頓(とみ)ニ愈(いえる)。依テ経基王再ニ當社(とうしゃ)ヲ修繕(しゅうぜん)シ四方四種ノ村落ニ祀テ八宮神社ト号シ、法施トシテ仁王會六万部御修行有、之今ニ六万塚・六万坂ト申所アリ、城跡モ僅(わずか)ニ存ス。此言詳(つまびらか)ナラスト雖(いえども)モ傳(つたえ)テ有之今ニ春秋両度祭典ヲ成シ、皇國安全ノ祠祝ヲ奉ス。依テ前摘(てき)*9ヲ記載(きさい)ス。
 明治四十一年(1908)三月三日上地林(あげちりん)四畝(せ)十三歩(ぶ)境内(けいだい)編入(へんにゅう)許可
   *1:おおむかし。
   *2:神仏の分身、分霊を他の地に移してまつること。
   *3:時代。
   *4:平安時代、勢力をました武士団の一つ平将門が939年、反乱を起し、常陸(現・茨城県)・下野(現・栃木県)・上野(現・群馬県)の国府を攻め落とし自ら新皇と称したが、翌年平貞盛、藤原秀郷らに討たれた平将門の乱。
   *5:源経基(みなもとのつねもと)(?-961)。平安時代中期の武将。父が清和天皇の第六皇子貞純親王であったので六孫王と号す。
   *6:悪性の流行病。疫病。
   *7:病死者。
   *8:罪人などが処罰にしたがうこと。
   *9:要点。

一 社殿 本殿
一 境内 二百三十七坪
一 氏子 五拾貮戸

                           『昭和三八年度文書 学事課 比企郡神社明細帳』

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2005年10月16日撮影

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2005年10月16日撮影

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2005年10月16日撮影
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鳥居の社額「八宮大明神」

2010年4月10日撮影の写真→「嵐山町の桜 八宮神社(杉山)

※八宮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1441頁

八宮神社(杉山)

神社明細帳 八宮神社 菅谷村(現・嵐山町)志賀 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村(すがやむら)大字志賀(しか)字清岩(せいがん)
 村社 八宮神社(やみやじんじゃ)

一 祭神(さいじん)
  天照大神(あまてらすおおみかみ)御子五柱命(みこごはしらのみこと)*1
  月讀命(つくよみのみこと)御子三柱命(みこみはしらのみこと)*2
  下照姫命(したてるひめのみこと)*3
  天照大御神(あまてらすおおみかみ)*4
  建御名方命(たけみなかたのみこと)*5
  保食命(うけもちのみこと)*6
  素盞嗚命(すさのおのみこと)*7
   *1:天照大神の子五柱の神。天照大神と素盞鳴尊が誓約をした時、天照大神の八尺勾玉を天真名井の水で清め、素盞鳴尊が噛み砕き、それを吹き出すとその息(狭霧)から、正勝吾勝々速日天忍穗耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと、正哉吾勝勝速日天之忍穂耳命)、天菩卑命(あめのほひのみこと、天穂日命)、天津日子根命(あまつひこねのみこと、天津彦根命)、活津日根命(いくつひこねのみこと、活津彦根命)、熊野久須毘命(くまのくすひのみこと、熊野夫須美神)という五柱の神々が生まれた。
   *2:月読尊・月夜見命(月の神・農業の神)の子三柱の神。
   *3:大国主神(おおくにぬしのかみ)の娘。国や家庭、事業の安泰を司る神。
   *4:日本神話で、高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神。
   *5:大国主命の子。武神、軍神、農耕神、狩猟神。
   *6:五穀をつかさどる神。食物の神。田の神。
   *7:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。

一 由緒(ゆいしょ) 従前(じゅうぜん)五社明神(ごしゃみょうじん)ト唱ヒ五ヶ所ニ鎮座在ス明治五年(1872)八月旧入間縣廳ニ出願許可ノ上合併明治四年中(1871)村社届濟(とどけすみ)
 明治四十五年(1912)三月二十七日同大字字北町裏無格社八雲神社(やくもじんじゃ)ヲ本社ニ合祀ス

一 社殿 本殿

一 境内 百五十坪

一 氏子 九拾五戸

一 境内神社
 天神社
  祭神 菅原道真公*1
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:平安前期の公卿・学者・文人(845-903)。学問・書・詩文にすぐれ、菅公と称され、後世、天満天神として祭られる。

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2003年5月22日 小川京一郎さん撮影
※八宮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1439頁
八宮神社(志賀)

神社明細帳 八宮神社 七郷村(現・嵐山町)越畑 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡七里村大字越畑字日向
  村社(そんしゃ)*1
          昭和二一、一○、一五 法人登記済
  *1:江戸幕府は寺院を通じて民衆を掌握していたが、明治政府は神道中心の宗教政策に転換し、1871年(明治4)に神社の社格制度を定めて神社を通して民衆を掌握していった。これにより埼玉の場合は大宮の氷川神社を官幣大社(かんぺいたいしゃ)、次を県社、郷社、村社、無格社と定めた。村の鎮守は村社となった。この社格制度は敗戦により1946年(昭和21)に廃止になった。

 八宮(やみや)神社

一 祭神(さいじん)
    応神(おうじん)天皇*1
    木花開夜姫命(このはなさくやひめのみこと)*2
    大雷神(おおいかずちのかみ)*3
    天照大御神(あまてらすおおみかみ)
    倉稲魂命(うかみたまのみこと)*4
    大山祇命(おおやまつみのみこと)*5
    櫛八玉神(くしやたまのかみ)*6
    品陀別命(ほんだわけのみこと)*7
  *1:諱(いみな)は誉田別尊(ほむたわけのみこと)。皇統では、第14代仲哀天皇と第16代仁徳天皇の間の第15代天皇(在位、西暦270年〜310年)であるが、4世紀末から5世紀初頭の頃在位したとみられる大王。記紀(古事記・日本書紀)では、治世中に多数の渡来人が来て漢字や儒教、養蚕など大陸の文物・技術を伝えた。騎馬民族説では、朝鮮から渡来した征服王朝ともいう。
  *2:富士山の神、安産や酒造りの神。
  *3:雷の神。
  *4:五穀(ごこく)をつかさどる神。
  *5:山の神。
  *6:漁労(ぎょろう)・調理の神。
  *7:『古事記』で応神天皇のこと。

一 由緒(ゆいしょ) 勧請(かんじょう)人皇(にんのう)四十七代*1聖武天皇(しょうむ)ノ御宇(おんう)*2ト申ス、其後承平(しょうへい)年中(931−938)経基公*3関東征討ノ節此ニ祈願シ遂ニ八ヶ所ニ是(これ)ヲ祭ルト云フ。明治四年(1871)中村社(そんしゃ)届濟(とどけずみ)。
  明治三十二年(1899)五月二十二日八幡神社ヲ八宮神社ト訂正ス。
  明治四十年(1907)四月十日大字越畑字冨士山無格社浅間神社、字幡後谷前無格社雷電社、字柳原無格社神明社、字社宮司無格社社宮司社、字後谷無格社山神社、字下串引無格社大天獏社、字大堂無格社八大社、字清水無格社八幡社ノ八社ヲ本社ニ合祀(ごうし)ス。大正八年(1919)十二月二十二日拝殿幣殿(へいでん)*4改築許可。大正九年(1920)四月十五日竣工。
  *1:皇統では四十五代が正しい。
  *2:御代。
  *3:清和天皇の第六皇子貞純親王の子で源経基のこと。源氏姓を賜り、源氏姓の祖。後に平将門追討の征東副将軍になる。鴻巣市には「伝源経基館跡」県史跡がある。
  *4:神への捧物(ささげもの)を置く所。拝殿と本殿の間にある。

一 社殿 本殿

一 境内 四百三十一坪

一 氏子 八拾八戸

  由緒(ゆいしょ)追記(ついき)
    大正十一年(1922)三月二十日神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)供進神社(きょうしんじんじゃ)ト指定セラル

※街頭で「越畑の八宮神社はどこですか」と尋ねられて答えられますか。『柴田よしきの日記』さんの「越畑八宮神社」。

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2003年5月22日 小川京一郎さん撮影
※八宮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1437頁
八宮神社(越畑)

神社明細帳 日吉神社 菅谷村(現・嵐山町)将軍沢 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村大字将軍澤(しょうぐんざわ)字東方
 村社  日吉神社(ひよしじんじゃ)
         昭和二一、一〇、一五 法人登記済
一 祭神(さいじん)
  大山咋命(おおやまくいのみこと)*1
  天照大御神(あまてらすおおみかみ)*2
  軻遇突智命(かぐつちのみこと)*3
  *1:家内安全や農業などの産業振興のご利益をもつ。
  *2:国土平安、家内安全、商売繁盛、武運長久、学業成就などのご利益。
  *3:火の神・防火の神。

一 由緒(ゆいしょ)
  不詳(ふしょう)
   明治四十一年(1908)三月三日上地林(じょうちりん)五畝三歩境内編入許可
  明治四十二年十月二十五日境内神社神明社(しんめいしゃ)愛宕社(あたごしゃ)ノ二社ヲ本殿ニ合祀ス

一 社殿
  本殿 外宇(がいう)*1 拝殿
  *1:外の建物。

一 境内
  五百三十二坪   昭和廿三年(1948)四月廿七日   五二九坪
              決 昭和二十五年(1950)三月二十八日 五三三坪五合

一 氏子 貮拾戸

一 境内神社
  将軍社 祭神 坂上田村麿(さかのうえたむらまろ)
   由緒 當社古記録等傳フル無ク創立年紀詳(つまびらか)カナラス。唯古老ノ口碑ニ傳フルハ往古(おうこ)坂上田村麿将軍東夷*1征伐ノ際近傍岩殿山に毒龍アリテ害ヲ地方ニ加フ。将軍之ヲ退治シテ土人*2ヲ安カラシム。其時夏六月一日ナリシモ不時降雪寒気強カリシヨリ土人麦藁(むぎわら)ヲ将軍ニ焚(た)キテ暖(だん)ヲ與ヘリ。其后(そのご)土人将軍ノ功徳(くどく)ヲ賞シ之ヲ祭祀崇敬セリト云フ。現今年々六月一日土人麦藁ヲ焚キテ祭事ヲナスハ古ヨリ例ナリ。当社古来本村旧字大宮ト唱フル地ニ鎮座アリテ坂上田村麿将軍大宮権現ト稱セリ(本村々名及旧字大宮ノ地名蓋(おもうに)当社ニ因(よって)テ起リシナラン)御一新(ごいっしん)*3ニ至リ明治七年(1874)三月當所ニ奉遷(ほうせん)シ将軍社ト改称セリ*4

  *1:東の蝦夷(えぞ)。
  *2:土地の人。
  *3:明治維新。
  *4:「新編武蔵風土記稿」によれば、大宮権現社には藤原利仁(ふじわらとしひと)将軍が祀られている。伝えではその権現社は藤原利仁がこの地を通ったとき休んだ塚の上にあった。将軍沢の名はこれに由来すると記されている。藤原利仁は平安時代中期の武人で、鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)である。

   社殿 本殿

  稲荷社 祭神 倉稲魂命(うがのみためのみこと)*1
   由緒 不詳
   社殿 本殿
  *1:穀物・農業の神。

  神明社 祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと)*1
   由緒 不詳
   社殿 本殿
  *1:山の神。

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2003年5月14日 小川京一郎さん撮影
※日吉神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1431頁
日吉神社

神社明細帳 遠山・八幡神社 菅谷村(現・嵐山町) ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村大字遠山字蛇跡
  村社
 八幡神社

一 祭神(さいじん) 譽田別命(ほむたわけのみこと)*1
  *1:皇統では、第14代仲哀天皇と第16代仁徳天皇の間の第15代応神天皇(在位、西暦270年〜310年)であるが、4世紀末から5世紀初頭の頃在位したとみられる大王。記紀(古事記・日本書紀)では、治世中に多数の渡来人が来て漢字や儒教、養蚕など大陸の文物・技術を伝えた。騎馬民族説では、朝鮮から渡来した征服王朝ともいう。

一 由緒(ゆいしょ) 創立年月不詳明治四年中(1871)村社書上濟(すみ)

一 社殿 本殿

一 境内 四百十七坪

一 氏子 貮拾参戸

遠山八幡19770403web
遠山八幡神社春季例大祭記念 1977年(昭和52)4月3日

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2003年5月14日 小川京一郎さん撮影
※八幡神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1429頁
八幡神社(遠山)

神社明細帳 八幡神社 菅谷村(現・嵐山町)鎌形 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村(すがやむら)大字鎌形(かまがた)字清水(しみず)
 郷社(ごうしゃ)*1 八幡神社(はちまんじんじゃ)
  昭和二一・一○・一五 法人登記済
   *1:1871年(明治4)に定められた神社の格式の一つ。神社を分かって官社と諸社とし、諸社をさらに府社・藩社(廃藩置県とともに府・県社となる)・県社・郷社に分けた。県社の下が郷社、その下が村社、それ以下が無格社。この社格制度は1946年(昭和21)2月2日廃止された。太政官達:明治四年(1871)七月四日郷社定則「郷社は凡戸籍一区に一社を定額とす。仮令は二十ケ村にて千戸許ある。一郷に社五ケ所あり。一所各三ケ村五ケ村を氏子場とす。此五社の中式内か或は従前の社格あるか又は自然信仰の帰する所か凡て最首となるべき社を以て郷社と定むべし。余の四社は郷社の付属として是を村社とす。」

一 祭神(さいじん)
  譽田別尊(ほむたわけのみこと)*1
  比賣神(ひめのかみ)*2
  神功皇后(じんぐうこうごう)*3
   *1:『日本書紀』『古事記』に第15代と伝える応神天皇(おうじんてんのう)。『日本書紀』によれば仲哀天皇・神功皇后の子で、在位41年、110歳(古事記では130歳)で没した。
   *2:主神誉田別尊の妻。品陀真若(ほむたのまわか)王の女の仲姫。
   *3:仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の后(きさき)。応神天皇の母。

一 由緒(ゆいしょ)
 當社ハ人王(にんのう)*1五十代桓武天皇(かんむてんのう)ノ御宇(ぎょう)*2延暦十二(えんりゃく)癸酉(みずのととり)年(793)坂上田村麿(さかのうえたむらまろ)東夷征伐(とういせいばつ)トシテ下向(げこう)ノ時當所塩山ニ到リ地景ニ感アリテ筑紫宇佐(つくしうさ)ノ神*3ヲ祭祀セラレ同十六丁丑(ひのとうし)年(797)奥羽(おうう)ノ國司(こくし)トナリ将軍ニ任セラレ再下向ノ節社殿ヲ増築シ崇敬ヲ盡(つく)サル。郷民之ヲ産土神(うぶすなかみ)ト尊崇セリ。其後八幡太郎源義家木曽左馬頭源義仲大将軍源頼朝及夫人北條政子等厚ク信仰アリテ何レモ神田(しんでん)ヲ寄附セラレ造營ヲ加ヘラル。社殿ノ結構(けっこう)*4壮麗(そうれい)ヲ極メシト云フ。現今存在セル神躰(しんたい)ト云ヒ傳フルハ円頂法服(えんちょうほうふく)*5ニテ念珠(ねんじゅ)*6等ヲ持セラル則傳教大師(でんきょうだいし)*7ノ彫刻ナリト。又銅華鬘(けまん)*8二箇ヲ傳フ。一ハ円径五寸五分ニシテ弥陀(みだ)*9ノ座像ヲ鋳出(いだ)シ傍(かたわら)ニ安元二(あんげん)丙申(ひのえさる)天(1186)八月之吉清水冠者源義高トアリ。一ハ円径四寸八分ニシテ薬師*10ノ座像ヲ鋳出ス。左傍ニ貞和四(じょうわ)戌子(つちのえね)年(1348)七月日大工兼泰(かねやす)トアリ其他ノ文字磨缺(まけつ)シテ讀ム可カラス。斯(これ)二華鬘ノ神寶ト云ヒ傳フ。盖(けだ)シ當時佛法隆盛ニシテ浮図子(ふとし)*11恐クモ神ヲ左右セシヨリ斯(かく)ノ如キヲ神躰トシ復(また)タ神寶トセシナラン。當社往古(おうこ)*12ハ塩山(しおやま)ニアリシカ中古年暦(ねんれき)不詳兵燹(へいせん)*13ヲ罹(こうむ)リ社殿烏有(うゆう)*14ニ属セシ時現今ノ地ニ遷(うつ)セリト云フ。以降漸々(ぜんぜん)*15衰微(すいび)シ僅(わずか)ノ神田(しんでん)ヲ傳フル而巳(のみ)ニ至リシカ天正(てんしょう)ノ末年東國徳川氏ノ領國ト為ルニ及ンテ同十九年辛卯(かのとう)(1591)十一月徳川家康ヨリ社領二十石ヲ寄附セラル。徳川代々将軍ヨリ朱印ヲ以テ該地(がいち)ヲ賜ハレリ。御一新*16ニ至リ明治元年(1868)辰(たつ)十一月之ヲ奉還ス。因(よっ)テ同七年(1874)ヨリ同十二年(1879)迄逓減禄(ていげんろく)ヲ下賜(くだしたま)ハレリ*17。
附記(ふき) 田村将軍*18地景ニ感アリシト云フ鹽山(しおやま)ハ当社ヲ距ル西北凡ソ四丁ニシテ峨々(がが)*19タル嶮山(けんざん)*20ナリ。東ハ上原(うえはら)ノ谷。西ハ小倉山(おぐらやま)。南ハ小窪(くぼ)ニシテ麓ニ月川(今槻川(つきかわ)ト云フ)ノ流ヲ帯ヒ断岩(だんがん)*21奇石最モ多シ又鹽沢(しおさわ)ト云フアリ。往古此邉ヨリ潮湧出セシアリ因テ鹽沢(しおさわ)鹽山(しおやま)ノ名起リシト云フ。当社ヨリ西々南凡(およそ)二丁半ニ木曽殿屋敷(きそどのやしき)ト唱フル地アリ。木曽義仲出生セシ所ト云フ。義仲ノ父帯刀先生義賢(たてわきせんじょうよしかた)ハ秩父次郎大夫義澄(よしずみ)ノ養子トナリ当郷大蔵堀復(ま)タハ上野國多胡庄(こうずけのくにたごしょう)ニ居ヲ為セシカ。久壽二乙亥(きゅうじゅ)(きのとい)年(1155)八月多胡庄ヨリ鹽山(しおやま)ニ移ラントシテ大蔵堀ニ到リシ時兄源義朝ノ長子義平(よしひら)ニ殺サル。義仲当時嬰兒(えいじ)*22タリ人ニ介抱(かいほう)セラレ死ヲ免(まぬ)カル。人ト成ルニ及テ産地*23ノ神ナルヲ以テ特ニ当社ヲ崇敬ス。長子義高来リ住スルアリ亦厚ク崇敬セリト云フ。
 明治四十年九月十三日上地林四反参畝拾七歩編入許可
 明治四十一年二月二十二日神饌幣帛料供進神社ト指定
   *1:神代の神々に対して、神武天皇以後の天皇をいう。
   *2:宇内(うだい)(天下・世界)を御する意。帝王が天下を治めている期間。御代(みよ)。
   *3:全国八幡宮の総本宮、大分県宇佐市にある宇佐神宮の祭神、八幡大神(応神天皇)・比売大神・神功皇后。
   *4:構え、組立て。
   *5:頭が丸く僧の衣。
   *6:数珠(じゅず)。
   *7:最澄(さいちょう)(767-822)。日本の天台宗、比叡山延暦寺の開祖。
   *8:仏前を荘厳にするために仏堂の内陣の欄間などにかける装飾。
   *9:阿弥陀如来。
   *10:薬師如来。
   *11:僧侶。仏教徒。
   *12:いにしえ。過ぎ去った昔。大昔。
   *13:燹は野火の意。戦争による火災。兵火。
   *14:何もないこと。皆無。
   *15:しだいに。
   *16:明治維新。
   *17:境内を除くほかは上知(あげち)を命じられ、旧領の額に応じて減額された禄が支給された。
   *18:坂上田村麻呂(758-811)。平安初期の武人、征夷大将軍となり蝦夷(えぞ)征伐に大功をたてた。
   *19:山や岩石等が険しくそびえ立っている様。
   *20:険しい山。
   *21:断ち切ったように高くそびえ立つ岩。絶壁。
   *22:赤ん坊。乳飲み子。
   *23:生まれた土地。出生地。

一 社殿 本殿 拝殿

一 境内 三千三百七十三坪  昭和廿三年四月廿七日
     三三二四坪八合八勺
    決 昭和二十五年六月二十一日
     三三六一坪七合五勺

一 氏子 百九十五戸
 崇敬者 貮千五百五十五戸

一 境内神社
 琴平(ことひら)神社
  祭神 大物主命(おおものぬしのみこと)*1
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:大和の三輪山に鎮座する神。大神神社(おおみわじんじゃ)の祭神。。

 菅原(すがわら)神社
  祭神 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
  由緒 不詳 明治四十一年(1908)二月二十日同大字字殿ヶ谷戸無格社菅原神社ヲ本社ニ合祀ス
  社殿 本殿

 白和瀬神社
  祭神 日本武尊(やまとたけるのみこと)
     稚産靈尊(わくむすびのみこと)*1
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:穀物・養蚕の神。

 山神社 
  祭神 大山祇尊(おおやまつみのみこと)*1
  由緒 不詳
  社殿 本殿
   *1:大山祇神・大山津見神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子。山をつかさどる神で、水の神、田の神としても信仰された。

 八坂神社
  祭神 素盞嗚尊(すさのおのみこと)*1
 由緒 明治四十一年(1908)三月十四日同大字字殿ヶ谷戸無格社八坂神社ヲ境内神社トシテ移轉ス
 社殿 本殿
   *1:建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)・須佐乃袁尊。伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)の子。天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。

 瀬戸神社
  祭神 瀬織都比賣命(せおりつひめのみこと)*1
     速秋津姫命(はやあきつひめのみこと)*1
  由緒 明治四十一年(1908)三月十四日同大字字西落合無格社瀬戸神社ヲ境内神社トシテ移轉ス
  社殿 本殿
   *1:どちらも罪やケガレを清める神。

 由緒追記 昭和二年(1927))八月一日郷社ニ昇格。仝年八月十三日神饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ)ニ指定セラル。昭和九年(1934)一月二十四日町村道改修用地ニ該当ノ為二十坪境内除却許可

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2003年5月14日 小川京一郎さん撮影
※八幡神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1427頁
八幡神社(鎌形)

神社明細帳 白山神社 菅谷村(現・嵐山町)平澤 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村(すがやむら)大字平澤(ひらさわ)字入(いり)
 村社(そんしゃ) 白山神社(はくさんじんじゃ)
   昭和二一、一○、一五 法人登記済

一 祭神(さいじん)
  菊理媛命(くくりひめ)*1
  伊弉諾尊(いざなぎのみこと)*2
  伊弉冉尊(いざなみのみこと)*3
  菅原道真公(すがわらみちざねこう)*4
   *1:黄泉(よみの)国からにげる伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が伊奘冉尊(いざなみのみこと)とあらそったとき、二神の主張を聞きいれ助言した。白山(はくさん)神社の総本宮である石川県白山比(しらやまひめ)神社の主祭神。
   *2:日本神話に登場する男神。天地開闢において伊弉冉(いざなみ)とともに生まれた。本州・四国・九州等の島々、石・木・海・水・風・山・野・火など森羅万象の神をもうけた。天照大神の父神。
   *3:日本神話に登場する女神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と結婚し、国生みと神生みを行う。火神を生んで死に、黄泉国(よみのくに)(死者の国)を支配する黄泉大神となった。
   *4:平安前期の公卿・学者・文人(845-903)。学問・書・詩文にすぐれ、菅公と称され、後世、天満天神として祭られる。

一 由緒(ゆいしょ) 天保十年(てんぽう)(1839)ニ至リ再建、然後(しかるのち)明治三年(1870)氏子寄附ヲ以テ修繕(しゅうぜん)ス。明治四十五年(1912)三月十九日同大字字表無格社(むかくしゃ)菅原社ヲ本社ト合祀ス

一 社殿 本殿

一 境内 五十五坪 昭和廿三年(1948)四月廿六日五五坪
   決 昭和二十四年(1949)十月十八日 五五坪

一 氏子 四拾六戸

※白山神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1423頁)
白山神社

神社明細帳 手白神社 七郷村(現・嵐山町) ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡七郷村大字吉田字宮田
 村社(そんしゃ)*1
         昭和二一、一○、一五 法人登記済
手白神社(てじろじんじゃ)
  *1:江戸幕府は寺院を通じて民衆を掌握していたが、明治政府は神道中心の宗教政策に転換し、1871年(明治4)に神社の社格制度を定めて神社を通して民衆を掌握していった。これにより埼玉の場合は大宮の氷川神社を官幣大社、次を県社、郷社、村社、無格社と定めた。村の鎮守は村社となった。この社格制度は敗戦により1945年(昭和20)に廃止になった。

一 祭神(さいじん)
 手白香姫命(たしらかひめのみこと)*1
 大貴巳命(おおきみのみこと)外六神
 大山祇命(おおやまつみのみこと)*2
 金山彦命(かなやまびこのみこと)*3
 高霊神(たかおかみのかみ)*4
 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)*5
  *1:手の神。
  *2:山の神。
  *3:鉱山、鍛冶(かじ)、金属技工(きんぞくぎこう)の神。
  *4:水を司る神。
  *5:水の神。

一 由緒(ゆいしょ) 天治元年(てんじ)(1124)九月十五日創立。明治四年中(1871)村社届濟(とどけずみ)。大正五年(1916)二月廿四日神饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ)*1ト指定
  *1:勅令にもとづき、祈年祭、新嘗祭、例祭に神饌幣帛料を供進された神社。郷社は県から、村社は村から奉納された。

一 社殿 本殿 拝殿

一 境内 二百八十五坪

一 氏子 拾壹戸

一 境内神社
   稲荷神社
    祭神(さいじん)  倉稲魂命(うかみたまのみこと)*1
  *1:五穀(ごこく)の神。

    由緒 不詳(ふしょう)
 大正二年(1913)九月二十三日同大字字宮山(みややま)村社六所神社境内社稲荷神社、同大字字陣屋(じんや)村社峯野神社(みねのじんじゃ)境内社稲荷神社、仝大字字長竹(ながたけ)無格社(むかくしゃ)稲荷神社ノ三社ヲ本社ヘ合祀ス

    社殿 本殿

 由緒(ゆいしょ)追記(ついき) 大正二年(1913)九月二十三日同大字字宮山村社六所神社、字陣屋東(じんやひがし)村社峯野神社、同境内社琴平(ことひら)神社、字西ノ谷村社五龍神社、字宮田無格社巖島(いつくしま)神社ノ五社ヲ本社ヘ合祀ス
 大正九年(1920)九月二十日本殿改築(かいちく)許可仝年十月二日竣工(しゅんこう)
 昭和十三年(1938)四月二十八日隣接(りんせつ)山林百三十三坪境内取擴(とりひろげ)竝(ならびに)上地(あげち)許可

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2005年10月16日撮影

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皇紀2552年は西暦1892年(明治25)。

※手白神社の写真は『GD OF FIRE 神社ぐでぐで参拝記』の記事「手白神社」もご覧下さい。

※手白神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1421頁)
手白神社

神社明細帳 菅谷神社 菅谷村(現・嵐山町) ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村大字菅谷字山王回(さんのうめぐり) 
 村社 菅谷神社(すがやじんじゃ)

一 祭神(さいじん) 大山咋命(おおやまくいのみこと)*1
 菅原道真公(すがわらみちざねこう)*2
 保食命(うけもちのみこと)*3
  *1:国造り、酒造りの神。
  *2:学問の神として尊崇(そんすう)された。
  *3:食物の起源になった神。その体から五穀や家畜が生まれたという。

一 由緒(ゆいしょ) 勧請(かんじょう)年紀不詳、元来山王宮ト稱シ来シヲ維新(いしん)*1ノ際當号ニ改稱(かいしょう)セシモノナリ。明治四年中(1871)村社書上濟(かきあげずみ)。明治三十七年(1904)四月二十日上地林(あげちりん)壱反九畝拾七歩境内編入許可。明治四十年(1907)四月十七日同大字字城無格社(むかくしゃ)天神社及字本宿無格社稲荷神社ノ二社ヲ本社ト合祀ノ上社号日枝神社(ひえじんじゃ)ヲ菅谷神社ト改称(かいしょう)ス
 明治四十一年(1908)五月二十二日官有溜池(かんゆうためいけ)五反六畝拾歩境内編入許可。大正十年(1921)三月十八日幣殿(へいでん)*2新築許可、仝年四月十五日竣工(しゅんこう)
  *1:明治維新。
  *2:神への供え物を捧げる社殿。拝殿と本殿の間にある。

一 社殿 本殿 拝殿 向拝附属(こうはいふぞく)*1 幣殿
  *1:拝殿の前についているひさしの部分。

一 境内 二千四百九十九坪 昭和廿三年四月廿八日二六一五坪
      決 昭和廿五年一月二十五日二三二四坪〇合五勺(しゃく)

一 氏子 六拾六戸

一 境内神社
巖島神社(いつくしまじんじゃ)
 祭神(さいじん) 市杵島姫大神(いちきしまひめおおかみ)*1
  *1:水の神。

 由緒(ゆいしょ) 創立年月不詳ナルモ本社ハ安藝國(あきのくに)佐伯郡(さえきぐん)巌島町(いつくしまちょう)ニ鎮座(ちんざ)ナス巖島神社ノ分霊(ぶんれい)ヲ當所ニ勧請(かんじょう)シ弁財天(べんざいてん)*1ト稱シテ、春ハ三月初巳(はつみ)*2ノ日、秋ハ八月初巳ノ日ヲ以テ巳待(みまち)*3ト称シテ祭事致来リ候。維新(いしん)*4ノ際巖島神社ト改称シテ祭事現今ニ至モ尚信仰厚ク従来ノ通奉仕ス
 本社ハ明細帳脱漏(だつろう)ノ神社ナリシカ明治四十一年(1908)五月二十二日公認許可セラレ境内神社トナル
  *1:水の神、恵みをもたらす豊穣の神、音楽、学芸、知恵の神、蓄財の神と多様なご利益のある神として崇拝される。
  *2:月の最初の巳(み)の日。
  *3:巳の日の夜に行なう弁財天のお祭り。
  *4:明治維新。

 社殿 石祠(ほこら)

津島神社(つしまじんじゃ)
 祭神 素盞嗚命(すさのおのみこと)*1
  *1:天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟。

 由緒 明治四十年(1907)五月九日同大字字西側無格社八雲神社(やくもじんじゃ)ヲ境内神社トシテ移轉ノ上、社号ヲ津島神社ト改称ス

 社殿 本殿

 由緒追記
  昭和三年(1928)八月二十七日神饌(しんせん)幣帛料(しんせんへいはくりょう)*1供進料神社ニ指定ス
  昭和二一(1946)、一〇、一五 法人登記済
  *1:神への供物料。

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2003年5月22日 小川京一郎さん撮影
※菅谷神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1419頁)
菅谷神社

神社明細帳 川島・鬼鎮神社 菅谷村(現・嵐山町)川島 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村大字志賀*1字天沼(あまぬま)
  *1:ママ。鬼鎮神社は大字川島にあるが、大字志賀とされている理由については、「菅谷村大字川島の誕生 1941年」、「川島呼称回復請願の理由書 1889年」を参照。
 村社(そんしゃ) 鬼鎮神社(きじんじんじゃ)
     昭和二一、一〇、一五法人登記済

一 祭神(さいじん) 衝立久那止命(つきたつくなとのみこと)
          八衢比古命(やちまたひこのみこと)
          八衢比賣命(やちまたひめのみこと)

一 由緒(ゆいしょ) 壽永元酉(とり)年(じゅえい)(1182)*1勧請(かんじょう)
  現今社殿ハ嘉永五子(ね)年(かえい)(1852)再建、但従来村ノ鎮守ナルヲ以テ明治五年(1872)村社書上濟、明治四十年(1907)七月二十二日上林七畝九歩境内編入許可
  *1:この年は酉ではなく寅(とら)年である。

一 社殿 本殿
     内殿
     神楽殿(かぐらでん)
     社務所
     神輿殿(みこしでん)
     御影繪馬納置場
一 境内 五百五十坪
一 氏子 貮拾参戸

一 境内神社
   八坂神社
    祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)
    由緒 元治元年(げんじ)(1864)勧請
       上野國(こうずけのくに)*1新田郡世良田村鎮座八坂神社*2ノ分社
  *1:群馬県。
  *2:八坂神社ホームページやブログ「プチ神楽殿」、「ゆるプチ堂」等。

    社殿 本殿

 ※鬼鎮神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1415頁)
鬼鎮神社

神社明細帳 春日神社 菅谷村(現・嵐山町)千手堂 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡菅谷村(すがやむら)大字千手堂(せんじゅどう)字明神前(みょうじんまえ)
 村社 春日神社(かすがじんじゃ)

一 祭神(さいじん) 天津児屋根命(あまつこやねのみこと)*1
   *1:瓊瓊杵命(ににぎのみこと)とともに、葦原の中津国に天降った五柱の神の一。藤原氏の祖。

一 由緒(ゆいしょ) 宝暦三年(ほうれき)(1753)三月本社再建 其他創立年度不詳(ふしょう)

一 社殿 本殿 拝殿

一 境内 参百四拾坪 昭和廿三年(1948)四月廿六日 三四○坪
   決 昭和二十四年(1949)十月十八日 三四○坪

一 氏子 参拾七戸

一 境内神社
 八坂神社
  祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)
  由緒 不詳
  社殿 本殿

由緒追記
 大正十年(1921)五月二日隣接山林五畝歩、境内編入許可
 大正十四年(1925)一月八日本殿新築、旧本殿ヲ拝殿ニ引直し、出願許可同年四月十五日竣工

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2003年5月22日 小川京一郎さん撮影
※春日神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1411頁)
春日神社

神社明細帳 淡洲神社 七郷村(現・嵐山町)太郎丸 ルビ・注

埼玉縣武蔵國比企郡七郷村(ななさとむら)大字太郎丸(たろうまる)字午(うま)
 村社(そんしゃ) 淡洲神社(あわすじんじゃ)

一 祭神(さいしん) 速御玉姫命(はやみたまひめのみこと)
一 由緒(ゆいしょ)
 大化(たいか)年中(645-650)本社再建スル所ナルト自来(じらい)*1年月久シキヲ経(へ)ルヲ以テ之レカ修繕(しゅうぜん)ヲ施(ほどこ)スト雖(いえども)元禄ノ頃(げんろく)(1688-1704)社宇(しゃう)*2大(おおい)ニ破損(はそん)ス是(これ)ヲ以テ猶(なお)再建スト云フ棟札(むなふだ)ニ元禄八年(げんろく)(1695)九月吉辰ト記載(きさい)アリ今現ニ存立(そんりつ)スル社宇ハ則(すな)チ之トナリ明治四年中(1871)中村社(そんしゃ)ニ列(れつ)セラル明治三十六年(1903)四月二十五日上地林(あげちりん)百十八坪(つぼ)ヲ境内(けいだい)ニ編入(へんにゅう)許可(きょか)
   *1:それ以来。
   *2:神社の建物。

一 社殿(しゃでん) 本殿 向拝(こうはい)*1付(つき)
   *1:社殿や仏堂の前面にあって、参拝する人や階段を雨からまもるためのもの。階隠(はしかくし)・日隠。

一 境内(けいだい) 三百六十三坪

一 氏子(うじこ) 貮拾参戸(にじゅうさんこ)

一 境内神社
 菅原(すがわら)神社
  祭神(さいじん) 菅原道真(すがわらみちざね)公(こう)*1
  由緒(ゆいしょ) 本社アリ後ニ建立シラル由(よし)只(ただ)ニ口(くち)ニ傳(つた)フ
   *1:平安前期の公卿・学者・文人(845-903)。学問・書・詩文にすぐれ、菅公と称され、後世、天満天神として祭られる。

 稲荷(いなり)神社
  祭神 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)*1
  由緒 不詳(ふしょう)
  社殿 本殿
   *1:伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)二神の子、あるいは速須佐之男命(すさのおのみこと)の子ともいう。「うか」は「うけ」の転で穀物・食物を意味し、「たま」は霊の義。五穀豊穣(ごこくほうじょう)の神。

 巖島(いつくしま)神社
  祭神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)*1
  由緒 寛政十年(1798)十一月本村婦女子等ノ建立スル処(ところ)ナリ
  社殿 (本殿)石宮(いしみや)
   *1:天照大神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)が誓約(占い)をした際、須佐之男命の剣から生まれた三女神のなかの一神。水の神。

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2003年5月22日 小川京一郎さん撮影
※淡洲神社境内図(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1405頁)
淡洲神社(太郎丸)

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