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鎌形小学校高等科2年生・吉野孝平『旅行記』 1937年(昭和12)11月

鎌形小学校高等科2年生の吉野孝平さんの1泊2日の修学旅行の初日の作文『旅行記』です。1937年(昭和12)11月14日、東京、横須賀、鎌倉、江の島を見学しました。全文を見学場所で12に分けて掲載しました。作文の完成は1938年(昭和13)1月7日です。


●吉野孝平『旅行記』 1 植木山集合からバスに乗りこむまで


●吉野孝平『旅行記』 2 出発、松山町、吉見


●吉野孝平『旅行記』 3 鴻巣、大宮、浦和、戸田橋(荒川・県境)


●吉野孝平『旅行記』 4 ガスタンク、信号機、東京市中


●吉野孝平『旅行記』 5 宮城見学


●吉野孝平『旅行記』 6 日比谷公園、増上寺、泉岳寺、東京市中


●吉野孝平『旅行記』 7 神奈川県、横浜、横須賀へ


●吉野孝平『旅行記』 8 三笠見学


●吉野孝平『旅行記』 9 逗子、鎌倉八幡宮


●吉野孝平『旅行記』 10 鎌倉宮


●吉野孝平『旅行記』 11 大仏、七里ヶ浜


●吉野孝平『旅行記』 12 江の島

嵐山町の桜 志賀小学校 2010年4月8日

嵐山町立志賀小学校
(嵐山町大字志賀字金平)

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2010年4月8日撮影

嵐山町の桜 菅谷中学校 2010年4月8日

嵐山町立菅谷中学校
(嵐山町大字菅谷字本宿上)

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2010年4月8日撮影

嵐山町の桜 菅谷中学校 2010年4月6日

左:菅谷小学校、右:菅谷中学校
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2010年4月6日、井島宏さん撮影

嵐山町の桜 菅谷中学校 2010年4月6日

嵐山町立菅谷中学校
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2010年4月6日、井島宏さん撮影

嵐山町の桜 菅谷中学校 2010年4月3日

嵐山町立菅谷中学校(菅谷)
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2010年4月3日、井島宏さん撮影

古い写真 菅谷中学校体育館が落成する 1965年4月

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   体育館の工事始まる
 本村においては、教育関係者は勿論、一般村民からも久しくその建設を要望されていた菅谷中学校体育館の建築がこの程本格的に決定した。村ではこれまで諮問機関として体育館建築委員会を設け、場所、様式、構造、規模、運営上使用上の便否等細部に至る精密な調査研究を重ねて来たが、ようやくその結論が得たので、東松山市井部建築士に設計を依頼。県の指導もあって、この程設計書が完成し、九月二十五日には建築業四社の競争入札が行なわれ、その結果、大宮市の松栄建設株式会社に落札した。
 又、九月二十九日から開かれた定例村議会において、その建築契約の承認及び建築費に関する予算も議定されたので、建築もいよいよ本格化したのである。
 この体育館は、学校生徒の体育だけではなく、成人式、敬老会等全村の公的な会合、儀式等の場所として、広く使用する講堂としての目的も兼ねているので、設計上その点も配慮してある。
 体育館の大きさは、建坪数三一九坪、構造は鉄骨、一部鉄筋コンクリート造。屋根は、長尺の亜鉛引鉄板瓦棒葺の切妻形、場所は、菅中西側の敷地である。
 尚、この請負金額は、二千五百七十万円である。

     『菅谷村報道』155号 1964年(昭和39)10月10日
   体育館上棟
 菅中体育館は四十二メートルの大トラスが七基上り、鋲打ちの段階になったので、一月十四日、現地で上棟式を行った。現在までの進捗状況は大体六〇パーセント程度であるが、基礎の設計変更により約三十日間工期は遅れている。従って体育館が完全に使用できるようになるのは、四月の新学期からではないかと見られるが、、建築委員会では三月の卒業式には何とか使用できるように強く要請している。

     『菅谷村報道』157号 1965年(昭和40)2月10日
   菅中体育館整備委員会
 村では体育館の完成と同時に内部施設の充実を期すべく体育館整備委員会を発足させた。
 会長は奥平武治氏(議長)、副会長は関根昭二(建築委員長)、米山永助(商工会長)の両氏、委員には市川紀元、島本圭三、木村平六、山下伝次郎、吉野松蔵、新藤武治、鯨井正作、宮本一郎、小林久、藤野定良、簾藤庄治、栗原弥之助、根岸寅次の各氏である。
 なお、この委員会は本年度三百五十万円を目標に会社、工場などの事業所、団体などからの寄附をいただくことにしているが、個人でも寄附を希望する人からは受け入れることになっている。

     『菅谷村報道』157号 1965年(昭和40)2月10日

   村長報告
 関根村長は三月十日に開かれた定例村議会において、諸報告を行ったが、その要旨は次の通り。【中略】

一、菅中体育館寄附金の申込は順調である。予定の95パーセントまでになっている。
一、体育館工事は順調に進捗しており、二五日までには完了の予定である。【後略】

     『菅谷村報道』158号 1965年(昭和40)4月10日
   謝辞 教育文化の振興に努力 菅中校長 権田正雄
 待望の体育館の落成祝賀式が、合併十周年という本村として極めて意義深い記念式典の好き日に、県知事殿始め多数の来賓並びに村民各位の御臨席のもとに、斯も盛大に挙行されますことは、菅谷村教育史上特筆すべき事蹟であって、本当におめでたい限りであります。
 この輝かしい式典に当り、皆様方の御前でお礼の言葉を申し述べます機会を得ましたことは、私の無上の光栄とするところであります。
 由来本村は教育村として常に他をリードし、他村の追随を許さなかったのでありますが、こと体育館のことに関しては、常に必要な事は痛感しておりましたが、色々の関係からその機熟さず不便を忍ばねばならない状況にあったのであります。
 処が昨年今頃から体育館建設の機運は、ほうはいとして燃え上って参りました。たまたま菅谷小中PTAが体育館建設の陳情運動を起すや、村議会といたしましてもあたかもこれと呼応するように、体育館建設を決議し、時を移さず世紀の事業はその緒に着いたのであります。
 以来村長殿始め村当局のご苦心、建設委員、内部施設整備委員各位の並々ならぬお骨折りとご配慮、井部設計士の斬新味豊かな設計と近代建築技術を最高度に活用しての松栄建設の堅実な施工と、更には教育委員会、村議会、PTA、在村各種工場等、村を挙げての陰に陽にのご支援ご協力がみごと実を結んだことに思いを致し、唯々有難く感謝と感激で一ぱいです。
 ご覧なさい、この外観を、調和の美しさを、この明るさと内部施設を、そしてその規模の広大さを、実に堂々たるもので、県下に誇り得るに充分のものがあると申しても決して過言ではないと信じます。
 こんな立派な体育館を着くっていただいた職員、生徒の感激もまた一入(ひとしお)のものがあろうかと思います。この上はこの体育館を本校教育の向上に役立てるのはもちろん、広く本村文化向上の面でも最高度に役立てると共に、管理の適正を期し、いやが上にも本村教育文化の振興するよう努力いたし、皆様方のご努力、ご苦労に報いたい所存であります。どうぞ今後層一層のご援助とごべんたつをこの上ともお願いいたします。
 いささか覚悟の一端を申し述べて感謝の詞といたします。
   昭和四十五年四月十五日

     『菅谷村報道』159号 1965年(昭和40)5月10日

菅谷中学校『青嵐』19号(1968年3月)目次 その1

『青嵐』19号 嵐山町立菅谷中学校 1968年(昭和43)3月発行
●卒業の門出を祝う 菅谷中学校長 大野武雄

●早春 関根次雄

●自分の頭を持とう 笠原武

●会長としてまた卒業を祝して 生徒会長 長島満男

●実行力を 副会長 高山恵美子

●さようなら三年生 副議長 神田敏子

●生徒会の諸活動

●各クラブの活動 野球部

●各クラブの活動 陸上部

●各クラブの活動 テニス部

●各クラブの活動 卓球部

●各クラブの活動 柔道部

●各クラブの活動 バレー部

●各クラブの活動 英語部

●各クラブの活動 美術部

●各クラブの活動 科学部

●各クラブの活動 家庭部

●各クラブの活動 書道部

●各クラブの活動 技術部

●ぼくたちわたしたちの学級 三年A組

●ぼくたちわたしたちの学級 三年C組

●ぼくたちわたしたちの学級 二年A組

●ぼくたちわたしたちの学級 二年B組

●ぼくたちわたしたちの学級 二年C組

●ぼくたちわたしたちの学級 一年A組

●ぼくたちわたしたちの学級 一年B組

●ぼくたちわたしたちの学級 一年C組

菅谷中学校『青嵐』19号(1968年3月)目次 その2

菅谷中学校『青嵐』19号(1968年3月)目次 その2

菅谷中学校『青嵐』19号(1968年3月)目次 その1

■『青嵐』19号 嵐山町立菅谷中学校 1968年(昭和43)3月発行
●課題作文「幸福について」 三年A組 石松佳代子

●課題作文「幸福について」 三年A組 関口ゆみ子

●課題作文「幸福について」 三年A組 森美津代

●課題作文「幸福について」 三年A組 小沢淳子

●課題作文「幸福について」 三年A組 根岸治男

●課題作文「幸福について」 三年B組 吉野道子

●課題作文「幸福について」 三年B組 中島千春

●課題作文「幸福について」 三年B組 市川草子

●課題作文「幸福について」 三年B組 岡本はる江

●課題作文「幸福について」 三年B組 村田久雄

●課題作文「幸福について」 三年B組 鬼塚信夫

●課題作文「幸福について」 三年B組 中島庸雄

●課題作文「幸福について」 三年C組 長島啓記

●課題作文「幸福について」 三年C組 簾藤みよ子

●課題作文「幸福について」 三年C組 小林節子

●課題作文「幸福について」 三年C組 野口英世

●課題作文「幸福について」 三年C組 鶴岡節子

●「私の歩んだ道」を読んで 二A 高橋京子

●「大地」を読んで 二A 権田幸江

●「はるかなる歌」を読んで 二A 栗島澄子

●「赤毛のアン」を読んで 二A 新藤浩子

●「みぞれは舞わない」を読んで 二A 宮島和子

●「リンカーン」を読んで 二A 田幡和子

●「にんじん」を読んで 二A 内田喜雄

●「あすなろ物語」の「深い雪の中で」を読んで 二B 中島みよし

●「赤毛のアン」を読んで 二B 高山恵美子

●「あすなろ物語」を読んで 二C 根岸正江

●「真実一路」を読んで 二C 横山洋子

●「怪盗ファントマ」を読んで 二C 小林進

●「豊臣秀吉の少年時代」を読んで 二C 根岸茂

●「アリババの洞窟」を読んで 二C 吉原容子

●「小公子」を読んで 二C 中村裕美子

●「アンの青春」を読んで 二C 江沢富美子

●「トロッコ」を読んで 一A 長谷川昌光

●「赤毛のアン」を読んで 一B 金子順子

●「老人と海」を読んで 一B 西沢壮治

●「貧しき人々」を読んで 一B 神田敏子

●「リュパン対ホームズ(金髪の婦人)」を読んで 一B 細内隆司

菅谷中学校新校舎が完成する 1950年7月

   山王臺上絢爛の偉容成る!!
       中学新校舎遂に完成!!
           落成祝賀式挙行!!
 総費用三百二十四万、九ヶ月間の日子を費して、比企郡下唯一最新、県下でも有数の菅谷中学校舎は遂に完成し山王台上に絢爛の偉容を加へたのである。神さびた菅谷神社の緑の森に映ゆる赤きいらか、クリーム色の壁、コバルトの柱、淡黄色のガラス窓、チョコレートや空色で塗装された校舎は、土用真夏日のさんさんたる光の中に目もまばゆき程に照り輝いていた。この日七月二十一日落成祝賀式は挙行されたのである。地方事務所長、教育委員会比企出張所長、隣接各町村長議長、小中学校長等多数の来賓と八百名の村民、中学生徒出席のもと午前十一時根岸助役の開式のことばに祝賀式典の幕は切つて落された。大野建築委員長の経過報告があり、「村の教育の為国家に有為なる人材をつくる為更に増築しなければならぬ。子供を立派に育てるにはどうしても特別教室を作らねばならぬ。村でもある程度の予算はとつてあるが村民各位の御協力をいたゞけるかどうかによつて決定する。これには一般村民の寄附をもらはないで作らうとする構想を持つている。新校舎の建築には村民各位の非常な努力と協力をいたゞいたのであるが今後も更に特別教室ができる様協力していたゞきたい。」と結ぶ。続いて小林収入役より別項記載の如き会計報告あり、村長の式辞、感謝状の贈呈、来賓の祝辞が次々に行はれ吉田中学校長の謝辞に式は終了した。

  村長式辞(要旨)
 立派な校舎ができたことは村民各位の御支援と御協力があつたことに大きな原因があり、その点厚く厚く御礼申上げます。校舎は明るいモダンなもので木造建築としてはこの附近は勿論県下でも稀であらうと思はれる。尚まだ第二期工事が是非必要なので、今までの様な村民各位の御熱意がございましたなら、必ずや完成するだらうと確信致します。これができましたなら比企に於ける文化のセンター(中心)になるのではないかと思はれる。
 最後に先生、生徒諸君にお願いしたいのであるが、立派な校舎ができまして明るい教室で勉強するのでありますから心気一転、一生懸命勉強して立派な中学生になつていたゞきたい。又先生は立派な生徒をつくる様努力していたゞきたい。

  祝辞 戸根木比企地方事務所長
 私たちは平和な文化国家の建設に努力致しております。
 私たちの生活を住みよい生き甲斐のあるものにするには文化を高めねばならぬ。然し、一朝一夕に文化は高くならない。時代を荷負ふ青年諸君を成長させて社会にでて貢献できる様にせねばならぬ。それと共に青年諸君の自覚が必要である。明るい校舎で勉強することは云ふに云はれない影響があるものである。卒業する諸君はさだめし立派な生徒として社会に出ることと信じます。あの様に立派な校舎ができ上りましたのは村民の教育に対する援助と理解によるものであると思ふ。村がますます発展して立派な住みよい社会になることを信じてお祝ひの言葉に代へます。

  教育委員会比企出張所長
 本日は村をあげてのよろこびの中に菅谷文化の殿堂としての中学校舎落成式に当りまして県から参る予定でありましたが私が、代りましてお祝いを申上げます。凡そ教育を尊重する郷土は栄え、軽視する郷土は衰へると云はれている。困難な諸條件の中にこの様な立派な堅牢優美、科学的な世紀の送り物を作り得ましたことは建築関係各位の熱意もさりながら村民の皆様の深い御理解と御協力の結果でありまして、誠に尊敬、これを言葉に表はすことができません。立派な環境の中にのみ立派な人物は出るのであり、教育の効果もそこに期待されるのである。
 輝く歴史の上に立つて県下に名をなしてゐる菅谷中学の皆さんは比企文化の中心としての校舎と運動場に相応しい生徒になつていたゞきたい。

  新井比企郡町村長会長
 お招きをいたゞき光栄とよろこびに堪へない。
 この立派な校舎で勉強できる諸君は喜ばしい。秩父連峰を望む環境はまことにうらやましい。
 比企の中心である菅谷が何ごとにつけても率先範を示していたゞきたい。村民の御幸福をお祈りし御挨拶に代へる。

  隣接村長代表 宮前村 大塚村長
 実に立派な一点非難の打ちどころのない校舎を拝見してその中で勉強する先生、生徒の皆様をしみじみうらやましく思います。私たち隣接町村もこれをまねして菅谷に続きたいつもりであります。

  議長代表 七郷村 内田議長
 この様な立派な校舎ができ名実共に教育の体制ができましたことは、羨望の的であります。
 文化国家の建設の基は教育であります。本村が近代科学の粋を集めた校舎で勉強できるに至つたことをお喜び致します。

  中学校長代表 宮前村 服部校長
 本日はおめでとうございます。教育には計画がなければならぬ。本村は綿密な計画を樹て県下稀にみる立派な校舎を建てることができたのはよろこばしい。本村は歴史的にみて文化の中枢であり、本村の良き風習はやがて村風樹立の立派なものとなり校舎の完成に至つたのだと思います。生徒の皆様はこのよろこびを明日から身体的、精神的、社会的に表はしていたゞきたい。

  吉田菅谷中学校長謝辞
 県下にその比をみない立派な校舎の完成をみ、本日茲にその祝賀式をあげ得ましたことは誠に村民各位の教育への熱意と理解の賜物でありまして皆様に厚くお礼申上げると共に、私たち職を奉ずるものは愈々心を新たにして地域社会に貢献したいと思つてをります。中学校の仕事を立派にするためには本校舎の他に特別教室が必要であり、特に図書館、保険設備は絶対に必要である。私たちは設備がないから教育をおろそかにするのではない。与へられた設備を最高度に活用して皆様の御子弟に万遺漏なきことを期する。時恰も一衣帯水の朝鮮には硝煙がみなぎつている時に私たちの村は文化のシンボルである校舎の建築の祝ひをすることは、誠に感慨無量であります。皆様の御子弟はこの教室で立派に勉強致します。
 在校の諸君はこの村の立派な送り物に対しておろそかがあつてはいけない。よき社会の人となつていたゞきたい。最後に村民各位に深甚なる謝意を表する。

 かくして一時間にして式を終り、引き続き落成式祝賀の宴が張られた。会場は抽せんにより各字別に新校舎の教室を使用、来賓の会場は平屋校舎二教室が当てられ、質素ではあるが盛んなる歓びの祝賀会は繰り拡げられたのであつた。

     『菅谷村報道』5号 1950年(昭和25)8月20日

※「菅谷中学、新校舎落成へ 1950年5月」、「菅谷中学校校舎建築延引の理由等について 1950年7月」。

菅谷中学校新築日誌 1949年〜1950年

   菅谷中学校新築日誌抄
            高崎達蔵記
昭和二十四年(1949)
八月二十九日 臨時村会に於て新築に決定。
 同村会に新築予算並建築委員選任の件附議左記の通り決議す。
 ?中学校新築予算(宿直室兼小使室を含め)原案通り可決。但し一般寄附金については村予算との関係もあり更に慎重検討の上決定すること。
  右については村長及予算委員に於て其の任に当ること。
 ?建築委員選任の件
  村議の外各字委員数を決定し、其の人選については字にて選定の上至急報告すること。(委員定数 五十四名)

九月三日 第一回建築委員会
 経過報告、新築予算承認、常任委員選任、建築委員長の互選、専門委員委嘱(米山永助、吉野賢治、加藤武作、中島照三)

九月五日 第一回常任委員会
 新築校舎瓦の件、新築校舎入札者選定の件、旧青年学校々舎入札の件、新築中学校視察の件

九月六日 旧青年学校々舎瓦除作業のため奉仕人夫三十人出働(菅谷)

九月十日 新築中学校視察
 比企郡大河、大里郡武川、花園の各中学校 一行十三名(常任委員全部、村長、議長中島照三)

九月十二日 第二回常任委員会
 旧青年学校々舎入札、中学校新築指名入札者予選

九月十四日、五日 指名入札予選者の新築中学校其他視察
 第一班 入間郡入間 柏原両村中学校 一行四名(小林、瀬山、大野、助役)
 第二班 大里郡榛沢小、中学校 一行三名(杉田、加藤、福島)
 第三班 川越市第二中学校 松山農業倉庫 一行三名(村長、米山、小沢)
 第四班 群馬県前橋市を中心として視察 一行三名(吉野、中島、金井)
 道路拡張工事奉仕人夫二十一名出働(菅谷)

九月十八日 第三回常任委員会
 視察結果の報告、建築委員会開催、其他協議決定

九月二十一日 第二回建築委員会
 経過報告、指名入札者の決定、入札日の決定、敷地及道路拡張の件、職人に対する間食給与の件

十月二日 第三回建築委員会
 入札実施(指名者全員七名) 開札の結果、熊谷市江部文化教材株式会社に落札(245万981円)

十月七日 第四回常任委員会
 請負契約締結、拡張敷地保証金、地鎮祭の件決定

十月十二日 第五回常任委員会
 敷地買収、校庭地均工事、専門委員出働日割決定

十月十八日 校庭地均作業のため奉仕人夫十七名出働、(菅谷)

十月二十日 右同十八名(同)

十月二十一日 右同四十一名(同)

十月二十六日 第六回常任委員会
 事務報告、建築委員出働日割、専門委員手当、間食用甘藷価格及字割当、避雷針等の件決定
 同日午後、常任委員会全員「プラスターボート」張り工事視察のため熊谷市日興紡績株式会社視察

十月二十九日 第七回常任委員会
 「プラスターボート」代地、村民の労力奉仕、工事監督等の件決定、校庭地均作業奉仕人夫七名(菅谷)

十月三十一日 校舎材料(柱)搬入(米山、吉野、中島、村長立会)

十一月五日 第八回常任委員会
 材料検査、前渡金支払、その他三件、其他三件決定(同日参拾万円支払)

十一月六日 基礎工事着手

十一月十六日 材料検査。専門委員、村長

十一月十九日 建築材料早急搬入依頼のため小鹿野町行(村長、米山委員)

十一月二十五日 第四回建築委員会
 経過報告、中学校新築経費同上中村民寄附額並募金期日其他決定(寄附金 八拾万円)

十一月二十八日 前渡金五拾万円支払

十二月二日 木材検査、専門委員、村長

十二月九日 第九回常任委員会…材料検査

十二月十三日 第十回常任委員会
 材料検査、前渡金支払、上棟式、法人寄附金、設計者に工事施行状況調査依頼の件決定(同日弐拾万円支払)

十二月十七日 校庭地均作業奉仕人夫 十一名(菅谷)

十二月十八日 同 二十一名(同)

十二月十九日 校庭地均作業奉仕人夫 二十七名(川島)

十二月二十日 同二十三名(同)

十二月二十一日 同 十五名(志賀)、同 五名(菅谷)

十二月二十三日 同 三十四名(志賀)

十二月二十四日 同 二十一名(志賀)

十二月二十五日 同 二十七名(志賀)

十二月二十六日 上棟始、校庭地均作業、奉仕人夫二十七名(志賀)

十二月二十七日 第十一回常任委員会
 上棟式日取、前渡金支払の件決定(同日六拾万円支払)

十二月三十日 第五回建築委員会
 上棟式挙行、参列者 委員外関係者一二一名

昭和二十五年
一月四日 作業始

一月八日 校庭地均作業 奉仕人夫二十五名(平沢)

一月九日 同 二十四名(同)

一月十日 同 三十四名(同)

一月十三日 校庭地均作業奉仕人夫二十九名(千手堂)

一月十四日 同 二十六名(同)

一月十七日 同 三十一名(遠山)

一月二十三日 東京石本設計事務所長野八三二氏来村、同日第十二回常任委員会を開き設計につき詳細なる説明を受く、其他材料検査

一月三十一日 第十三回常任委員会
 前渡金支払の件決定(同日四拾七万円支払)

二月一日 県教育委員会、鴻巣茂氏建築状況調査のため来村

二月四日 木材検査 専門委員、村長

二月六日 中学校新設道路測量のため松山工営所員来村

二月十日 東京石本建築事務所福田欣二氏外一名来村、建築工事につき詳細検査、不良個所及補強工作につき指示

二月十一日 専門委員会開催
 高橋社長も同席、補強工作其他不備なる点は二月二十日迄に必ず完了することに協定す

二月二十二日 指示せる補強状況其他調査

二月二十五日 四万六百拾七円支払

三月九日 第十四回常任委員会
 前渡金支払、建築委員会開催の件決定(同日拾万年支払)

三月十一日 道路工事奉仕人夫十八名(鎌形)

三月十二日 同三十二名(同)

三月十三日 第六回建築委員会
 経過報告、工事促進につき対策打合を行ふ
 工事促進のため奨励金参拾万円支出の件、満場一致議決す、道路工事奉仕人夫三十一名(鎌形)

三月十四日 同三十二名(同)

三月十五日 同三十名(同)

三月十六日 同四十一名(同)

三月十七日 校庭地均作業奉仕人夫十二名(大蔵)

三月十九日 同十六名(同)

三月二十日 同十四名(同)

三月二十一日 同十六名(同)

三月二十三日 同十二名(大蔵)九名(根岸)

三月二十四日 同十一名(根岸)

三月二十五日 八万円支払

三月二十七日 同十七名(将軍沢)

三月二十八日 同二十二名(同)

四月十二日 第十五回常任委員会
 建築促進のため左官手間賃砂利運搬賃村にて保証することに議決す。
 床、ワックス塗をやめ内部をペイント二回塗とすることに変更決定す

四月二十七日 第十六回常任委員会
 工事工程表並前渡金支払につき計画表を提出せしめ、委員会にて検討の結果訂正せる計画表により工事を五月二十日迄に完了することに社長、現場主任立会の上委員会と協定成立す

五月二十五日 第十七回常任委員会
 工事延期承認、硝子直接購入の件等決定

五月三十日 松山、内田硝子店主来村、交渉の結果左記により硝子工事一切を同店主に依頼す(請負者了解)
  硝子代 無印(一、七粍以上二、〇粍以下)一箱(百平方尺)二、五八八円(卸価格に運賃として一箱二〇〇円加算す)、手間賃一平方尺 三円四十銭(統制額)、パテ代 一平方尺 三円六十銭

六月二十六日 第十八回常任委員会
 七月三日より生徒収容の件、職人に対する賃金支払の件、不足材料購入の件、建築委員会開催の件、落成祝賀会挙行の件、内部塗装の件等決定

六月二十九日 七月三日より新校舎に生徒収容の件了解を待るため村長出県

六月三十日 第七回建築委員会
工事経過報告、中学校建築事業経理状況並今後の支払見込額の概要説明、七月三日より新校舎に生徒収容の件、避雷針の件、一部設計変更の件(床ワックス塗中止、内部ペンキ塗の件)、落成祝賀式の件等決定

七月二日 門柱移転着手、七月六日完了

七月三日 新築校舎に生徒収容

七月十四日 第十九回常任委員会
 一般寄附金整理の件、落成式典日取の件、落成式典七月二十一日午前拾時に決定、式典並祝賀会準備委員に左記の役員を依嘱す
 建築委員、配給協議員、其他役場学校職員

七月二十日 中学校宿直室兼小使室工事完了

七月二十一日 菅谷中学校々舎新築落成式挙行

   『菅谷村報道』5号 1950年(昭和25)8月20日

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