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可布庵茂翠

嵐山町の奉額 千手院の俳額 1893年

千手院の俳額 1893年(明治26)
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俳額1

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俳額2

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俳額3

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俳額5

→「寺院明細帳 曹洞宗 千手院 菅谷村(現・嵐山町)千手堂 ルビ・注

※評者の一人は可布庵(かふあん)二世の茂翠(もすい)と思われます。茂翠の本名は正木金作、明覚村番匠(現・ときがわ町)の人です。大講義、明倫講社熊谷支社長。晩年は郷里の明覚村番匠(ばんじょう)(現・ときがわ町)で水車業を営みました。没年は1902年(明治35)。内野勝裕編著『埼玉俳諧人名辞典』(さいたま出版会、2003年)による。

嵐山町の奉額 班渓寺の俳額

班渓寺の俳額
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俳諧奉額1

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俳諧奉額2

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俳諧奉額3

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俳諧奉額4

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俳諧奉額5

※五言絶句の「威徳山聖廟之梅」に続いて「可布庵宗匠撰」とあり(写真2)、最後の行(写真5)が「維時明治廿……」(?)と読めるので、「可布庵宗匠」は、久米淵(くめいつえん。-1861)の後継者、可布庵(かふあん)二世の茂翠(もすい)と思われます。茂翠の本名は正木金作、明覚村番匠(現・ときがわ町)の人です。大講義、明倫講社熊谷支社長。晩年は郷里の明覚村番匠(ばんじょう)(現・ときがわ町)で水車業を営みました。没年は1902年(明治35)。内野勝裕編著『埼玉俳諧人名辞典』(さいたま出版会、2003年)による。

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